教養・歴史書評

日本の半導体産業に警告を発しつつ復活への方途を探る 評者・近藤伸二

『半導体有事』

著者 湯之上隆(半導体コンサルタント)

文春新書 1045円

 最近、日本の半導体産業を巡る話題がメディアをにぎわせている。半導体受託生産会社(ファウンドリー)世界トップの台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県に工場を建設中で、日本政府は建設費の4割超に当たる4760億円を補助する。また、日本企業8社が出資し経済産業省が支援するラピダスは、北海道に工場を構えて最先端半導体を量産するプロジェクトを進めている。

 こうした動きは、高々と上げられた日本復活に向けたのろしのように見えるが、著者は「日本の半導体産業は失敗を繰り返すことになるだろう」と警告する。

 ファウンドリーが受託生産した半導体の「国籍」を決めるのに、委託した設計専門会社(ファブレス)の国籍とする方式と、ファウンドリーの国籍にする方式がある。

 日本にファブレスはほとんどないので、前者だとTSMC熊本工場でいくら半導体を作っても、日本のシェアは上がらない。後者の場合でも、出資比率に応じて国籍が配分されるので、日本のシェアはせいぜい生産高の30%程度しかカウントされないという。日本の悲願である半導体生産の大幅なシェア向上は期待できないのである。

 日本政府がTSMCに巨額の補助金を交付する大義になっているサプライチェーン(供給網)の確保に関しても、半導体の製造プロセスは複雑なので、熊本工場で前工程が稼働しても、「後工程の工場を日本に誘致しなければ、経済安全保障は担保されない」と指摘する。

 ラピダスについても、目標とする最先端半導体を製造するのは、1世代ごとに回路線幅の微細化技術を積み重ねていかなければならず、「ある技術世代の『土台』なしには次の世代に進むことができない」と断言する。著者は半導体技術者として日本の挫折を体験しているだけに、「どう考えても“ミッション・インポッシブル”」と手厳しい。

 さらに問題なのは、日本が優位性を保っている半導体製造装置で日本のシェアが低下してきていることだ。著者がデータを集約したところ、何か特定の製品が影響しているのではなく、全般的に下がっている状況が分かり、「日本の装置産業にとって危機的事態」と懸念する。

 このような分析を基に、著者は「日本の最後の砦(とりで)である装置や材料産業を強化するべき」と説く。本書を読むと、日本の半導体産業復活には、過去の教訓と真摯(しんし)に向き合った上で、大局的な戦略を立てる必要があると痛感する。

(近藤伸二・ジャーナリスト)


 ゆのがみ・たかし 1961年生まれ。京都大学大学院(工学研究科修士課程原子核工学専攻)修了後、日立製作所入社。半導体の微細加工技術開発に従事した後、半導体および電機産業のコンサルタントに。


週刊エコノミスト2023年8月1日号掲載

書評 『半導体有事』 評者・近藤伸二

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