経済・企業

GX経済移行債で20兆円調達 e-メタンなど事業化の呼び水に(編集部)

 鶴見川を挟んだ対岸に日産自動車の横浜工場や、東京電力と中部電力が折半出資するJERAの横浜火力発電所などが見える。東京湾に面する横浜市鶴見区の工業地帯。ここにある東京ガスの横浜テクノステーションで今、国内初の「e-メタン」製造実証事業が始まっている。再生可能エネルギーによる水の電気分解で生成した水素と、発電所などから回収した二酸化炭素(CO₂)を反応(メタネーション)させてメタンを作るのだ。

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東京ガス横浜テクノステーションに建設された合成メタン製造実証設備 東京ガス提供
東京ガス横浜テクノステーションに建設された合成メタン製造実証設備 東京ガス提供

 試験設備は約70メートル×30メートルの広さに、合成メタンを製造する高さ約10メートルのメタネーション装置や水電解装置、ずんぐりとした水素タンク、CO₂タンクなどの機器類が並び、その間を配管が張り巡らされている。同社革新的メタネーション技術開発グループの小笠原慶マネージャーは、「行政、有識者、都市ガスの需要家や業界関係者など、毎日のように見学者が訪れている」と語る。

 天然ガス由来の都市ガスは、89.6%を占める主成分がメタン。残りはエタン(5.62%)、プロパン(3.43%)、ブタン(1.35%)など(13A規格、東京ガス資料)で、液化天然ガス(LNG)の形で海外から輸入している。脱炭素へ向けて世界が大きく動き出す中、都市ガス業界で急ピッチで進んでいるのが、このメタンを合成して作り出し、都市ガスとして利用しようというプロジェクトだ。

 合成メタン自体は燃焼すればCO₂を排出するが、他産業から回収したCO₂を製造過程に使えば、その分の排出を削減できたものとみなすことができる。都市ガス業界では、再エネで作った水素(グリーン水素)など非化石エネルギー源を原料に製造した合成メタンを「e-メタン」と呼ぶことにした。e-メタンの最も大きな利点は、既存のガス導管やタンクなど、都市ガス会社の設備がそのまま使える点だ。

課題は生産コスト半減

 試験設備の生産能力は1時間当たり約12.5N(ノルマル=0度、1気圧の標準状態)立方メートルで、すでに設備内の試験用ガス機器に使用されている。また、水電解のための電力の一部は、テクノステーション内の太陽光発電を利用。今後は、ごみ焼却施設からCO₂、下水処理場から再生水とバイオガス(CO₂抽出)の供給を受ける予定だ。

 一方、大阪ガスはINPEXと共同で、24年度の完成をめどにINPEX長岡鉱場(新潟県)に、1時間当たり約400N立方メートルの生産能力を持つ世界最大級のe-メタン実証設備を建設中だ。両社はこの実証事業と並行して、1時間当たり1万N立方メートル生産の実証設備、さらに同6万N立方メートル生産の商業プラント建設も検討する。

 課題は生産コストだ。大阪ガスの試算では、25年時点で1N立方メートル当たり250円のコストがかかるという。今後、30年には現在のLNG輸入価格と同等の120円、50年には50円へと引き下げる目標を立てている。これは政府の水素の目標価格を下回る水準で、一層の技術革新や生産規模の拡大、コストが最も少なく済む生産拠点の選定などを進める。

 すでに各社は動き出している。東京ガスと大阪ガス、東邦ガス、三菱商事の4社は昨年11月、米テキサス州、ルイジアナ州でe-メタンを製造し、キャメロンLNG基地から日本に輸出するプロジェクトの検討に着手することを発表。豪州(三菱商事、東京ガス)、マレーシア(住友商事、東京ガス、マレーシアのペトロナス)や中東(東京ガス、大阪ガス、英シェル)でも事業化に向けた検討が進んでいる。

EU、米国も大型投資

 都市ガス業界にとどまらず、電力や鉄鋼、自動車、半導体などあらゆる業界で、脱炭素への経済・社会システム全体の大転換が進む。政府は今年2月、こうした「グリーントランスフォーメーション」(GX)を国を挙げて取り組もうと、「GX基本方針」(GX実現に向けた基本方針)を閣議決定。5月12日にはGX推進法が参院で可決・成立した。その目玉は、今後10年間で20兆円の調達を予定するGX経済移行債の発行だ。

 政府はこの20兆円を、GX実現に向けた企業の技術開発支援などの先行投資に充て、これを呼び水として民間などからも投資を引き出す。今後10年間で必要とする官民投資は実に総額150兆円。そして、30年度の温暖化ガス13年度比46%削減、50年のカーボンニュートラル(温暖化ガスの実質排出ゼロ)達成を目指す。各国が今、政策支援にしのぎを削る中で、出遅れれば日本の産業競争力も失いかねないという危機感が背景にある。

 例えば、欧州連合(EU)は20年、今後10年間の官民投資額1兆ユーロ(約155兆円)とする投資計画(欧州グリーンディール)を公表。米国では昨年8月、10年間で約3690億ドル(約50兆円)の国によるGX対策を盛り込んだインフレ抑制法が成立した。さらに、昨年2月にはロシアがウクライナに侵攻し、原油や天然ガス価格が世界的に上昇。日本がサハリンに持つLNGの権益なども揺らいでおり、GXによってエネルギーを安定確保する狙いもある。

 GX推進法ではまた、炭素排出に値付けをする「カーボンプライシング」の一環として、28年度から化石燃料由来のCO₂の量に応じて課す「化石燃料賦課金」の導入なども盛り込まれ、経済・社会システムの姿は今後、がらりと変わっていく。ただ、投資対象とする産業分野はあまりに幅広く、未確立の技術も多いため、単なるバラマキに陥らないよう、政府のしっかりとしたかじ取りが問われることになる。

 エネルギーや気候変動問題に詳しい日本総合研究所の三木優研究員は「試算が難しい研究分野もあると思うが、費用対効果をある程度試算したうえで、支援をするべきではないか。今の形だと各業界の求めるままに、支援を決めているようなきらいがある」と指摘。また「GX経済移行債による歳入も、脱炭素以外の使途に使われないよう制度を工夫すべきだ」としている。

(和田肇・編集部)


週刊エコノミスト2023年8月1日号掲載

GX150兆円 都市ガス業界の「e-メタン」 事業化へプロジェクト着々=和田肇

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