教養・歴史書評

電子書籍化は政府より遅れている出版界 永江朗

『ハンチバック』(『文學界』5月号)で第169回芥川賞を受賞した市川沙央(さおう)は、受賞決定の記者会見で「『重度障害者で初の受賞』と紹介されるでしょうが、どうして2023年にもなって初めてなのか、皆さんにそれを考えてもらいたいと思っていました」と語った。そして、「一番訴えたいのは『読書バリアフリー』が進むことです。(障害のある人が)読みたい本を読めないのは権利の侵害だと思うので。環境の整備を進めてほしいと思っています」「各出版社の方や、学会誌を出す学術界の方に向けてですが、本の電子化は進んでいません。障害者対応というものをもっと真剣に、早く取り組んでいただきたいと思います」とも(毎日新聞電子版)。

 出版界は市川の言葉をどのように受けとめただろうか。

 日本は2013年に障害者差別解消法を成立させ、16年に施行。18年には国際条約であるマラケシュ条約(盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のあるものが発行された著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約)に加盟。19年には読書バリアフリー法を成立・施行させてきた。にもかかわらず、市川が訴えるように、電子書籍化は十分進んでいるとはいえない。

 人文書や専門書の多くは紙版のみの刊行だし、過去に刊行された本の遡及(そきゅう)的な電子化も遅々として進まない。文芸書でもかたくなに電子化を拒む作家がいる。紙の文化を大切にしたい、書店を大切にしたいということなのかもしれないが、紙への拘泥は障害者を排除しているのと同じだということに気づいていないのだろうか。出版界は政府より遅れている。

 書店のバリアフリー化はどうだろうか。段差を超えなければ入れない店舗や狭すぎる通路、そして放置された段ボール類。車椅子や杖(つえ)では快適に利用できるとは言い難い店があまりにも多い。

 つまり出版社も書店も障害者が読書するとは考えていないのである。私も含めて、恥ずかしいことだ。

 私は書評の執筆を生業(なりわい)のひとつとしている。今後、原則として電子書籍版が出ている本以外は書評で取り上げないことにしよう。


 この欄は「海外出版事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2023年8月15・22日合併号掲載

永江朗の出版業界事情 出版界は政府より遅れている

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