戦争に至るのはむしろ例外ではないか。ゲーム理論で交渉可能性を示唆 評者・原田泰
『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』
著者 クリストファー・ブラットマン(シカゴ大学ハリス公共政策大学院教授) 訳者 神月謙一
草思社 3740円
人類は戦争から逃れられないようだ。本書は、人はなぜ殺し合うのかという問いから始まって、戦争を分析したものである。
本書での戦争とは集団の間での長期にわたる暴力的な争いを指している。集団には、村々、ギャング、民族、宗派、政治的党派、国家などあらゆるものが含まれる。私たちは、内乱やギャングの抗争を含む、中東、アフリカ、ウクライナなどでの戦争を見て、戦争は避けられないものと考えがちだが、本書は、戦争に至るのはむしろ例外であるという。
インドの暴動での死者は1000万人当たり年に16人で、アメリカの大都市の殺人は10万人当たり16人だという。なぜ戦争が起きないかといえば、戦争は双方にとって壊滅的な打撃を与える場合が多いからだ。双方にとって有益な妥協の余地があり、多くは妥協しているという。
そうかもしれないが、弱い方に明らかに不利な場合の平和も「平和」と呼ばれるとすれば、それでよいのだろうかとも思った。
本書は、ゲーム理論によって戦争に至らない交渉の可能性を示し、「権力者の抑制されていない利益」や神の栄光・自由・不正との戦いなどの「無形のインセンティブ」など、戦争が起こる五つの理由を提示し、平和構築の方法について議論している。ゲーム理論による分析も五つの理由もいずれももっともであるが、本書の魅力は、古代ギリシャのアテネ対スパルタのコミットメント問題など豊富な事例であると私は思う。
犯罪組織ですら戦争を避けようとするが、上記のような理由によって国家が戦端を開いてしまうことがある。抑制の利かない権力者といえば、ロシアのプーチン大統領をまず想起する。またかつて、大量破壊兵器が存在しないのにアメリカがイラクに侵攻したのはひどい話だと私は思うが、これについても本書の解釈は異なっている。イラクのフセイン大統領は、アメリカとではなく、周辺の独裁国、もしくは国内の敵対勢力と戦っていた。もしフセインが大量破壊兵器を所有していないと外国の査察で証明されてしまえば、アメリカに倒される前に敵にやられてしまうから、ブラフ(虚勢)を続けるしかなかったのだという。
また、内戦が終結して優れた大統領が就任すれば万全ということにもならなくて、公権力が集中していれば、権力を巡っての争いは避けられない。だから権力を分散させることこそが重要だと著者はいう。他にも、本書には目の覚めるような鋭い解釈が多々ある。
(原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授)
Christopher Blattman 経済学者であり、政治学者でもある。暴力や犯罪、貧困などをテーマに米『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』など多数のメディアに執筆する。
週刊エコノミスト2023年9月5日号掲載
『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』 評者・原田泰