教養・歴史書評

現代病としてのバイアス(偏見)の原因・影響・克服を研究 評者・藤原裕之

『無意識のバイアスを克服する 個人・組織・社会を変えるアプローチ』

著者 ジェシカ・ノーデル(サイエンスライター、科学・文化ジャーナリスト) 訳者 高橋璃子

河出書房新社 2970円

 有名人の不倫スキャンダルや飲食店の悪ふざけ動画に強い怒りの感情が湧き、知りもしない相手に攻撃的な言葉を浴びせてしまう。意図しない偏見と差別がときに致命的な事態を招くことを私たちは知っている。公平に接しているつもりでも差別になってしまう「無意識のバイアス」は現代社会が抱える厄介な病だ。バイアス(偏見や先入観)はどこから生まれ、どこまで影響を及ぼしているのか。そして何より偏見やバイアスは変えられるのか。本書はジャーナリストとしてこの問題に10年以上にわたって取り組んできた著者の集大成となる作品である。

 本書は三つのパートで構成される。パートⅠ「バイアスを理解する」では、バイアスが考え方の癖や習慣によって生じることを心理学や認知科学の研究成果をもとに明らかにしていく。コンピューターシミュレーションによる実験では、人事評価のささいなバイアスが男性と女性の格差を引き起こし、結果的に組織のトップから女性がほとんど消えてしまう様子が可視化される。

 パートⅡ「思考を書き換える」では、認知行動療法やマインドフルネスを活用してバイアスを減らす実践的で科学的な取り組みが紹介される。なかでもロサンゼルス警察署の警察官と地域住民の交流の話は希望を感じられる内容だ。警察官は住民を大ざっぱなステレオタイプで見る傾向にあったが、一緒に過ごして相手を深く知ることでバイアスは消え、結果的に犯罪率が低下して地域の安全性が向上した。

 パートⅢ「新たな場所にとどまる」では、意図しない偏見が組織や社会文化の隅々にまで入り込んでいる様子が描かれる。大学の男女格差からルワンダの民族間対立まで。女性・非白人の人事を率いる要職に誘われた黒人女性医師の体験は、私たちにインクルージョン(包摂)の意味を問う。彼女の提案する企画は次々却下され、異論もオープンな議論も認められない。組織が求めていたのは多様な顔で、多様な考え方ではなかった。すべての人を包摂する文化を育むには、違いに価値を置き、お互いの違いから学ぶ姿勢が不可欠との著者の指摘は重い。

 意図しないバイアスは誰もが持っている。著者自身、本書を書く過程で古臭い条件反射や誤った思い込みが何度も顔を出したと語っている。読者もまた、本書の中に自身の心に潜むバイアスや偏見を発見することになるだろう。多くの実例に自身を投影させながらバイアスの克服を体験できる稀有(けう)な一冊である。

(藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)


 Jessica Nordell 米ハーバード大学卒業、ウィスコンシン大学マディソン校修士課程修了。『ニューヨーク・タイムズ』などに寄稿。初の著書である本書で王立協会科学図書賞をはじめ数々の賞にノミネートされた。


週刊エコノミスト2023年9月5日号掲載

『無意識のバイアスを克服する 個人・組織・社会を変えるアプローチ』 評者・藤原裕之

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