資源・エネルギー

ガソリン急騰 補助金撤廃後の9月末に200円超か 年末にかけて低下要因も 木内登英

高騰するガソリン。過去最高値に近づく(2023年8月、東京都内の給油所)
高騰するガソリン。過去最高値に近づく(2023年8月、東京都内の給油所)

 ガソリン価格の上昇が止まらない。今後の物価、個人消費、金融政策、金融市場などに、大きな影響が及ぶことが懸念される。

 8月16日に経済産業省が発表した8月14日時点のガソリン価格(全国平均、レギュラー)は1リットル=181.9円と、前週8月7日時点の180.3円から一段と上昇した。13週連続での上昇で、今までの最高値であった2008年8月の185円にかなり近づいてきた。

1リットル=212円

 政府はガソリンの小売価格の上昇を抑えるため、昨年初に補助金制度を導入した。今年6月からはその補助金を段階的に削減しており、9月末には撤廃する方針だ。この措置によって、長らく168円程度に抑えられてきたガソリン価格は、足元で182円近くまで上昇してきたのである(図1)。

 さらに、補助金の影響を除いた本来のガソリン価格も、6月以降の海外での原油価格上昇と円安の影響から足元で上昇しており、補助金の影響を含むガソリン小売価格が上昇する背景となっている。

 国内でのガソリン価格は、海外での原油価格とドル・円レートとで決まり、それらは2週間弱程度の時間差で国内のガソリン価格に反映されていく。そのため、円建ての原油価格の動きを見れば、比較的近い将来の国内ガソリン価格を予想することが可能となる。

 足元の円建ての原油価格の動きは、補助金の影響で押し下げられたガソリン価格が、8月末に196円程度まで上昇することを示唆している。補助金がさらに削減されていく中、原油価格とドル・円レートが現在の水準を維持するケースでは、補助金制度が完全に撤廃される9月末にガソリン価格は199円程度となることが予想される。足元の原油価格と為替が少し動くだけで、ガソリン価格は容易に200円台に乗る状況だ。

 この先、原油価格(WTI)が現状1バレル=81ドル程度から85ドルまで上昇し、またドル・円レートが現状145円程度から150円まで円安が進む場合には、9月末のガソリン価格は212円程度にまで達する計算となる。

 ガソリン価格の上昇は物価情勢全般に影響し、それを通じて個人消費の打撃となるだろう。補助金削減開始前の168円程度から、199円程度までガソリン価格が上昇する場合、消費者物価は累計で0.34%押し上げられ、212円程度までガソリン価格が上昇する場合には0.48%押し上げられる計算となる。また、ガソリン価格上昇の実質個人消費への影響(1年間)を試算すると(内閣府短期日本経済マクロ計量モデル・2022年版)、1年間でそれぞれ0.16%、0.22%のマイナス要因になる。

 物価の高騰が続く中でも、足元の個人消費はなお安定を維持している。物価上昇率全体はこの先低下していく一方、賃金上昇率が物価上昇率に追いつき、実質賃金上昇率が早晩プラスに転じる、との期待に支えられているためだ。

 しかし、ガソリン価格の上昇によって物価上昇率の低下が遅れれば、6月まで15カ月連続となった実質賃金の低下がさらに続くとの懸念が高まり、消費者がにわかに消費を抑えてしまう可能性もあるだろう。

 ガソリン価格の上昇による物価上昇率の上振れは、日本銀行の金融政策の見通しにも影響を与え、それを通じて金融市場を思いのほか大きく動かすことも考えられるところだ。

 7月28日の金融政策決定会合で日銀は、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)の柔軟化措置を決めたが、それを異次元緩和の正常化策とは異なる、と説明している。日銀は、「政策の正常化は2%の物価目標達成が前提」としたうえで、「2%の物価目標は現時点ではなお見通せない」、と繰り返し述べている。

 だが、ガソリン価格の上昇によって物価上昇率が上振れれば、2%を上回る物価上昇が想定以上に長期化する。そうなれば、日銀は2%の物価目標達成が見通せたと判断して、本格的な政策修正に踏み切る、との観測が強まる可能性がある。それは長期金利の上昇を通じて、円の急速な巻き戻し(円高)と株価の大幅下落につながりかねない。

弱者支援に転換を

 政府内では、9月末のガソリン補助金制度撤廃の方針を見直し、延長を検討する動きも出てきている。ガソリン価格の上昇は、既に示したように国民の生活を圧迫し、経済活動に一定程度悪影響を及ぼすことは確かである。しかしそれでも、当初の想定期間を超えて、昨年年初から続けられてきたガソリン補助金制度を延長することには、慎重な検討が必要だろう。

 ガソリン補助金制度には三つの大きな問題点があり、長期化するほどその問題は大きくなる。第一は、市場価格をゆがめてしまうこと、第二に、脱炭素社会実現の政策方針と矛盾すること、第三に、財政負担が膨らむこと、である。

 ガソリン補助金制度で既に4兆円規模の財政資金が投入されたとみられ、延長されれば財政負担はさらに膨らむ。補助金によるガソリン価格の安定で、国民は助かると感じていることは確かだが、その財源は税金や国債発行によって賄われており、結局は国民の負担だ。本当の意味では、国民は助かっていないことになるだろう。

 他方、現在の物価高対策は、電気・ガス料金の補助金制度も含めて、価格上昇によって特に打撃を受ける低所得層や零細企業に絞った、セーフティーネットの施策へと転換していくことが望ましい。例えば、所得制限を付けた給付金制度などが考えられる。

 原油価格の先行きは不透明であり、産油国の減産やウクライナ情勢などを受けて、当面はさらに上昇する可能性があるだろう。他方、中国経済の悪化が足元で目立ってきており、これが今後原油価格の低下につながる可能性も考えられる。仮にそうなれば、世界経済の減速懸念が、リスク回避での円買い、円高につながる。原油価格下落と円高の双方の効果によって、年末にかけて国内ガソリン価格が低下傾向に転じる可能性も十分に考えられる。

 ガソリン補助金制度を現状のまま延長するか否かについては、効果と副作用を冷静に比較し、またこの先の国際経済・金融情勢、ガソリン価格の推移を見極めたうえで、慎重に検討を進めるべきだ。

(木内登英・野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト)


週刊エコノミスト2023年9月5日号掲載

ガソリン高騰 年内に200円超えが視野 物価上振れが金融政策の波乱要因=木内登英

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