経済・企業

既存の治水ダムでもっと水力発電! 自治体財政と温暖化を救う道 瀧口信一郎

 治水ダムには豊富な再生可能エネルギー資源が眠っている。活用すれば地域再生と脱炭素を同時に達成できる。

 戦後の経済成長を支えた水力発電は環境破壊の批判が高まり、ダム新規建設はほぼ不可能となり、大型の水力発電所の建設は頭打ちとなっている。太陽光発電の固定価格買い取り制度(FIT)導入以降、中小水力発電の導入が進められているが、小規模のわりに手間ひまがかかるため、発電量増加にインパクトを残す水準に至っていない。既存設備老朽化もあり、水力発電量は低迷している(図1)。

 しかし、治水ダムに大きな発電ポテンシャルが残されている事実は意外に知られていない。全国約800の治水ダムのうち約200にしか商用発電設備が設置されておらず、有効貯水容量ベースで約4割が発電と無縁な状況にある。発電が行われているダムでも「管理用発電」というダム関連設備の電力をまかなうための小型の水力発電設備が設置されているだけで、治水ダムでは発電ポテンシャルは十分生かし切れていないのである。

 既存の治水ダムを活用すれば、環境破壊の批判が多い新規ダム開発を行わずとも水力発電量を拡大できる可能性がある。全ての治水ダムで発電量を最大限増やせば、日本全体の水力発電量は現状から4~7割程度引き上げることができる(表)。

高齢化するダムを再生

大野ダム(京都府、1961年撮影)
大野ダム(京都府、1961年撮影)

 今後、治水ダムを所管する自治体は、維持管理、改修に取り組まないといけない。50年以上前に建設されたダムでは放流ゲートや直下流の護岸インフラなどの大規模改修が必要になっている。また、ダムに土砂が堆積(たいせき)して実質の貯水量が減り、土砂を掘り上げるしゅんせつ工事などの対策が求められていたり、河川流域に所有者不明の流木が流れ込むケースが多発し、ダムを管理する自治体が流木処理をすることを余儀なくされていたりする。さらに、追い打ちをかけるように豪雨災害の頻発でこれまでにない対策も求められている。

 一方で、ダムの新設も行われない中でダム管理の技術者は増えず、自治体の人員は絞られている。外部委託が進み、ノウハウを蓄積している自治体職員が高齢化する中で、技術継承もままならない。体制の規模縮小が進む中で、積み重なる課題に対応し、自治体は多額の予算を用意しなければならない。

 ダム周辺エリアの住民も困難な状況にある。ダムは山の中にあることが多いため、林業や農業が衰退する中、その担い手が高齢化し、そもそも従事者の数も年々減少している。周辺エリアは過疎化が進展し、ガソリンスタンドが撤退し、さらには食料品店さえ撤退する環境下に置かれている。

 人口縮小社会に入る日本で過疎化は避けられないため、そのエリアは自然に返すしかないとの見方もあるが、インフラは人がいないと劣化する。人が住む環境があり、生活インフラ整備のさまざまな資金が投じられて初めてインフラの維持・管理の手が入る。したがって、過疎化でダム周辺の環境は一層劣化する恐れがある。林業の衰退で植林が進まず、山の保水力がさらに低下すれば、流木や土砂の流れ込みの問題はさらに悪化するだろう。

治水と発電両立の挑戦

 これまで、治水ダムの発電利用が進んでいない根本的な原因は、洪水調節と発電利用の利害が一致しないことにある。

「河川管理者」である国や自治体は洪水を起こさない治水対策が第一であり、発電に力を入れるモチベーションが湧きにくい。梅雨から秋の台風まで雨の多い6月から10月にかけては、ダムの運用を規定する「操作規則」で「洪水期制限水位」という最高水位が明示され、「水位をこれより上昇させてはならない」と明確に定められている。河川管理者が慎重を期した運用を行うのは当然といえる。

 公表されている自治体ダムのダム水位データを見ると、洪水期制限水位を十分に下回る慎重な運用が行われており、タイミングによっては水位上昇の余地があることが分かる。運用の仕方次第で、治水ダムでの発電利用を行う余地がある。

 注目すべきは、治水ダムの発電利用で大きな政策転換が進んでいることである。河川管理政策を担う国土交通省は、治水を目的にダムの運用を行ってきたが、カーボンニュートラルの潮流の中で、水力発電の推進と地域振興を目的に加えた「ハイブリッドダム」政策を推進している。再生可能エネルギー政策を担う資源エネルギー庁とも連携しながら、本格検討に入っているのである。

 安全性が確保できるときは水位を高めて貯水量を確保し、豪雨時は安全性を高めるために貯水能力を高められるように運用すれば、治水の強化と水力発電の促進は両立しうる打ち手となる(図2)。

 もちろん、重要なのはダムの水位ではなく、下流の水位である。従って、気象予測、ダムへの流入量予測、ダムの水位予測、下流の水位予測を行いながら、複数のダムを連携して運用し、下流で一定水位を保つ仕組みが重要であり、河川流域全体で情報を共有する流域プラットフォームの構築を進めていくことになる。ダム単体での治水と発電の併用システムを実現した上で、気象システム、上流、ダム、下流のデータを包含するシステムを連携させることを段階的に行っていけばよいのではないか。

 ダム周辺の住民は、発電を始める、発電量を増やすという話を聞けば、自らの生活が浸水で脅かされないか不安になる。どのような情報を把握できているのか、的確なタイミングでの洪水調整力が上がる運用を行い、逆に洪水回避の能力が上がることを適切に説明できるようにしなければならない。

 治水ダムへ簡単に発電機を設置できるかの疑問もあるだろう。まずは大規模設備投資の前に、発電機が設置されている治水ダムで、水位調節の運用方法を変えることにより発電量を増加させることが優先である。その上で発電機の設置されていないダムへの発電機設置を進めることになる。もちろん、発電機を設置しやすい治水ダムばかりではないが、放水ゲート付近から取水しやすいダムで水管、護岸工事、発電機の設置に限定し、大掛かりなダム増強工事なしに新たな水力発電設備を設置できる治水ダムが優先だろう。

過疎地の価値を創出へ

 治水ダムでの水力発電という巨額の脱炭素投資は、脱炭素にとどまらず、地域住民への価値につながらないといけない。ダムの維持、更新、周辺環境整備、水力発電などを一体で進めることで、維持管理工事で地域に雇用が生まれ、併せて過疎の町の生活インフラを充実させることができるはずである。

 人口が減少する過疎エリアでは送電線投資が滞ることを懸念する声もあるため、水力発電による地産地消の仕組みで電力を確保できれば、地域住民には大きな安心感につながる。

 過疎に悩み、インフラ維持に不安を抱える場所で、電気自動車の導入を過疎エリアで導入し、車載用蓄電池も活用した電力の地産地消の仕組みを導入すれば、地域住民の利便性を高められる。ガソリンスタンドがない中で、電気バスなどの公共交通サービスは、高齢者の移動手段確保にもつながる。ダムの発電利用には送電線接続のコストが課題になることも多いが、巨大な送電インフラの建設コスト負担を軽減しつつ、電力供給の仕組みを充実させるような代替案もあってよいのではないか。

 既に整備が終わっている治水ダムを有効活用することは、脱炭素に向けて効果的なアプローチである。エネルギー政策としては洋上風力発電も大事だが、人が住むエリアにある水力発電はもっと注目されてよい再生可能エネルギーといえる。

 治水ダムを発電利用する投資は、ダムのリニューアル、技術継承の後押しになる。治水ダムでのインフラシェアのシステムを導入すれば、地域にとっての意義も大きい。

 治水ダムでの発電利用は今後注目である。

(瀧口信一郎、日本総研創発戦略センター・シニアスペシャリスト)


週刊エコノミスト2023年9月12日号掲載

地域再生 治水ダムの水力発電活用が財政と温暖化を救う=瀧口信一郎

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