内奏を暴露した『安倍実録』 天皇を「政治利用」する狙いは 野口武則
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凶弾に倒れた安倍晋三元首相の国葬から9月で1年を迎える。この夏は新聞、雑誌で安倍氏や事件の特集が組まれ、関連書籍の出版が相次いだ。内閣支持率が低迷する岸田文雄首相の存在がかすむほどだ。
生前のインタビューを編集した『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)と並び史料としての価値が高いのが、岩田明子・元NHK解説主幹の『安倍晋三実録』(文藝春秋、6月刊行)である。元番記者が20年にわたる本人への直接取材を基に「ファクトに基づく冷静な総括」をしたものだ。
「嬉しそうに頷かれた」
新元号「令和」選定の経緯が興味深い。発表3日前の2019年3月29日、安倍氏が上皇さまと天皇陛下(当時は皇太子)にそれぞれ国政報告(内奏)し、候補の6案を説明した様子の記述がある。一方の当事者である陛下らを直接取材することは難しいため、貴重な記録だ。
並べられた案を安倍氏が順番に説明し、最後に左端に置かれた令和について、出典が万葉集であることや込めた意味を語った場面である。
「嚙(か)みしめるように説明を聞いていた皇太子は、その瞬間、嬉(うれ)しそうな表情を浮かべ、頷(うなず)かれたという。安倍も自分の考えに確信を得ることができた」
記者がその場にいたかのように再現しているが、内奏は二人きりで行われる。
内奏を巡っては政治問題化したこともあった。1973年に田中角栄政権の増原恵吉防衛庁長官が、昭和天皇から激励の言葉を受けると感激して記者団に明かしてしまった。
「近隣諸国に比べ自衛力がそんなに大きいとは思えない。国の守りは大事なので旧軍の悪いことはまねせず、いいところを取り入れてしっかりやってほしい」
当時は自衛隊員の増員を盛り込んだ防衛2法改正案の審議中。「大きいとは思えない」との発言を公にしたことが、天皇を利用した自衛隊強化だと野党から追及され、辞任に追い込まれた。
翻って「令和」である。
安倍氏は初の国書典拠だと日本の独自色をアピールした。「令」の字もこれまで元号に使用されたことがなく、新鮮さを感じさせた。
だが、使われなかったのは理由がある。幕末に候補となった「令徳」は、「レ点」を付けると「徳川に命令する」と読めることが問題となり、採用されなかった。これは産経新聞が19年1月28日に報じている。令和なら「和に命令する」と読める。
陛下の宮号と名前「浩宮徳仁(ひろのみやなるひと)」を命名した漢学者の宇野哲人は著書『論語新釈』で、「令色」は「顔色を善くする意。おかしくもないのに笑ったりして人に諂(へつら)うのをいう」と解説する。幼少期の陛下は宇野から論語の進講を受けた。
新元号発表の首相談話で万葉集を…
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週刊エコノミスト
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