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10年国債が長期金利の主役に復活する日 稲留克俊

 日本銀行は7月28日に、イールドカーブ・コントロール政策(長短金利操作、YCC)の運用柔軟化を決定し、長期金利の事実上の許容上限を0.5%から1.0%に引き上げた。債券市場では、市場参加者と日銀の間で、長期金利の新たな居場所を探り合う神経戦が繰り広げられている。

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 7月28日以降、長期金利は少しずつ上昇している(図1)。これに対して日銀は抑制策を3度繰り出した。長期金利が0.600%(7月31日)、0.650%(8月3日)、0.700%(9月11日)に達したタイミングだ。

日銀の上田和男総裁の言動に注目が集まる
日銀の上田和男総裁の言動に注目が集まる

 植田和男総裁は『読売新聞』(9月9日付)のインタビューで、「基本的に、スピード調整を入れながら(長期金利の)上昇を容認していくことになる。0.5%と1%の間で厳格なコントロールは考えていない」と説明した。日銀の意図は、長期金利をこれらの水準に厳格に抑制するものではないと見ておくべきだろう。

 より詳しくその意図を読み解くために、長期金利の上昇を抑えるための五つのオペ(公開市場操作)を整理しよう(表)。

 ①通常オペ(利回り・価格入札方式による長期国債買い入れ、事前公表分)、②臨時オペ(利回り・価格入札方式による長期国債買い入れ、当日公表分)、③連続指し値オペ(固定利回り方式による長期国債買い入れ、事前公表分)、④指し値オペ(固定利回り方式による長期国債買い入れ、当日公表分)の四つは、日銀による直接的な長期国債買い入れだ。一方、⑤共担オペ(共通担保資金供給オペ)は、民間金融機関に長期国債購入を促す枠組みである。

 ①~④のうち、①通常オペと③連続指し値オペはあらかじめ通知スケジュールが決まっている。そのため、日銀が機動的に使う国債買い入れ手段は②臨時オペか、④指し値オペとなる。①通常オペの通知予定日であれば、通常オペの買い入れ金額の引き上げという方法もある。

「スピード調整」と円安

 このうち、金利抑制効果が最も強いのは、金額無制限で買い入れる④指し値オペだ。7月31日と8月3日はともに、②臨時オペが使われた。また、通知金額は3000億円と、①通常オペでの最近の買い入れ金額(6750億円)の半分以下にとどまった(図1)。これらをみて債券市場参加者は「日銀の金利抑制姿勢が厳格なものではない」と受け止めた。

 9月11日に繰り出されたのは、⑤共担オペだった(実施日は14日、期間は5年間、最低落札利回りは0.17%)。この資金を調達した金融機関は、例えば0.3%の5年国債を購入すれば、利ザヤを得られるため、日銀は金融機関の債券買いを通じた金利抑制を狙っている。この枠組みは日銀が直接国債を買うわけではないので、市中流通残高を減らさずに済むという点で、副作用が小さい。他方で、国債需給に直接的に働きかける①~④に比べると、金利抑制効果が限定的である。

 また、7月28日のYCC運用柔軟化の狙いの一つは、過度の円安圧力を弱めることだとみられている。ところが、7月31日の②臨時オペ通知時には、1ドル=141円ちょうどあたりから142円台に円安が進んだ。②臨時オペが金融緩和効果を強める面を、外為市場が円売り材料視した結果だった。

 9月11日には、そうした経験を踏まえたためか、金利抑制効果が弱い分、円安促進効果も相対的に小さい⑤共担オペが使われた。このようにオペ運営を担う日銀金融市場局は、金利上昇の「スピード調整」と円安圧力のトレードオフのもとで、難しい調整を強いられている。

0.7~0.8%

 こうした攻防を経て、長期金利はどのあたりの水準に落ち着くのか。

 ここでは金利の理論値を示すフィッシャー方程式、すなわち「名目長期金利=実質長期金利(期待実質経済成長率)+期待インフレ率+リスクプレミアム」に沿って考えたい。すると、現状の実質長期金利:0.5%、期待インフレ率:1.2~1.3%、リスクプレミアム:マイナス1.0%の合計(0.5%+1.2(1.3)%−1.0%)で、0.7~0.8%がフェアな長期金利水準だろう。上記数値の根拠は以下の通りだ。

 まず、実質長期金利(期待実質経済成長率)は、潜在成長率で代替できる。内閣府による四半期ごとの試算によると、最新の2023年4~6月期は0.6%だった。また、日銀が半年に1回公表している試算は最新の22年度後半が0.32%。両者の間をとって0.5%と置くことにする。

 期待インフレ率にはさまざまな計測結果があるが、QUICK月次調査〈債券〉のアンケート結果を用いるのが妥当だろう。過去約20年間のデータが残されているうえ、債券市場参加者が回答しているからだ。最近は月々でやや振れが出る傾向があり、直近6カ月間は1.200~1.500%で推移している(回答者の中央値ベース)。上下を刈り込んで、1.3~1.4%と見ておきたい。

 リスクプレミアムは日銀が21年3月の「点検」で示した分析が参考になる。「国債買い入れによる名目長期金利の押し下げ効果」を分析した「日本銀行の国債保有割合に基づく推計」で、「日本銀行の国債保有割合」による長期金利の押し下げ効果をマイナス1%弱と図示した。同割合が現在53%と21年3月時(48%)よりやや高まっている点を踏まえマイナス1%とした。

 このように長期金利が0.7~0.8%に上昇し定着すれば、債券運用の「主役交代」も視野に入ってくる。図2は、新発10年国債と同20年国債の流通市場における売買高の推移だ。日銀によるYCC導入(16年9月)から約4年半たった21年度あたりから、20年国債の売買高が、指標である10年国債を上回る月が頻繁にみられるようになった。当初発行額は、20年国債(14.4兆円、22年度)が10年国債(年間32.4兆円、同)の半分以下であるため、逆転は当初、驚きをもって受け止められた。

市場機能の正常化

 これは市場の関心が、低利回りで動きの小さい10年債から離れ、利回りが相対的に高い20年債など超長期債に向かったことを意味している。全国銀行協会によると、銀行の国内業務部門における資金調達原価は0.53%(「全国銀行財務諸表分析(22年度決算)」)。従来の主な投資対象である2年債~10年債では採算上、必要な利回りを得られなくなった銀行は、高い金利リスクを甘受してでも利回り水準の高い超長期債に投資対象をシフトさせざるを得なかったわけだ。筆者の経験を振り返っても、10年代後半以降、債券市場参加者と意見交換する際に、10年金利よりも20年金利について議論することが増えた。

 今後10年国債利回りが高水準で推移するようになれば、リスクをとって20年債を買っていた投資家は、10年債への回帰を進める可能性がある。金融機関が過度の金利リスクを抱えずに済むようになれば、金融システムの安定につながりそうだ。また、指標金利を決める10年債に売買の厚みが戻り、市場メカニズムが働きやすくなるという点で、市場機能の正常化にも資するだろう。

(稲留克俊、三井住友トラスト・アセットマネジメント・シニアストラテジスト)


週刊エコノミスト2023年10月3日号掲載

金利ある世界 長期金利の居場所の探り合い 10年国債が主役に復活する日=稲留克俊

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