経済・企業

黒船EV「ドルフィン」発売のBYD会長が明かす日本市場開拓に“慎重”に臨む三つの理由 湯進

BYD本社の立体充電タワー。400台分のEV駐車スペースを整備している(筆者提供)
BYD本社の立体充電タワー。400台分のEV駐車スペースを整備している(筆者提供)

 中国の電気自動車(EV)大手のBYDは2023年9月20日、日本でコンパクトEV「ドルフィン」を発売した。今年1月に発売したSUV(スポーツタイプ多目的車)「ATTO3(アットスリー)」に続き、日本に投入する乗用車の第2弾となる。アットスリーと同様に、車両を制御するECU(電子制御ユニット)を集約して一体化させた「e-Platform3.0」、独自開発した電池「ブレードバッテリー」を採用している。ドルフィンの希望小売価格は363万~407万円。国のEV補助金(65万円)を利用すれば、標準グレード車価格は298万円、東京都の補助金(45万円)適用後なら実質253万円、航続距離(WLTC基準)は400~476㎞となる。

功を急がず、目前の利益は追わず

「価格、航続距離、安全性がそろったコンパクトEVの決定版だ。今後の6カ月で1100台販売する」とBYDオートジャパンの東福寺厚樹社長は新車発表会で強い自信を見せた。21年8月に中国で発売して以来、23年9月22日時点で全世界で累計50万台を販売したドルフィンにかかる期待は大きい。価格破壊戦略を得意とするBYDが日本車の強力なライバルになる可能性は高く、日本の自動車業界では「黒船EVの襲来」といった論調も聞こえてくる。

 筆者はBYDオートジャパンの会長も兼務するBYDジャパンの劉学亮社長と数回の面談機会があった。そのインタビューから、BYDは日本での事業に対し「急功近利」(功を急いで目の前の利益を求める)で臨む姿勢では全くなく、むしろ慎重に、日本市場の開拓を展開するとの印象を得ている。BYDジャパンは、BYD本体の直轄の子会社であり、劉社長の考えは、本体の王伝福会長の意向を反映したものと捉えてよいだろう。

ドルフィンのコスパは他車を圧倒

 現在日本では、400万円超のEVと200万円台のEV(軽自動車)が主流であり、日産自動車のリーフとサクラがそれぞれの価格帯の代表として挙げられる。ベースモデルで比較した場合、ドルフィンはリーフより価格が11%安い(363万円対408万円)わりに、航速距離が24%長い(400キロメートル対322キロメートル)。ドルフィンより一回り小さいサクラと比べると、価格が42%高くなる(363万円対255万円)ものの、航続距離は倍以上(400キロメートル対180キロメートル)だ。

 ここで「1キロメートル走るのに支払う車両価格」という指標からEVのコストパフォーマンス(費用対効果)を比較してみる。各社のEVのベースグレードでは、ホンダのHonda eが1.89万円、サクラが1.42万円、リーフが1.25万円 であったのに対し、BYDのATTO3とドルフィンは それぞれ0.94万円 、0.91万円となり、1万円の壁を破った。

 長距離走行のEVは大容量電池を採用するのが一般的だ。電池セルを多く積むと、車両重量もかさむ一方、エネルギー密度と軽量化のバランスが取れた大容量電池のコスト高により、車両価格も高くなる。同指標から電池を含むBYDのEVの実力が反映されるだろう。

中国の都市部における乗用車の販売台数上位車種(筆者作成)
中国の都市部における乗用車の販売台数上位車種(筆者作成)

「一気のシェア獲得」は想定せず

 サクラの立ち位置と異なり、走行距離、運転支援技術、各種装備でもリーフを上回っているドルフィンは、日本EV市場で事実上の空白ゾーンとなる300万円台帯を狙う。一方、BYDが低価格車戦略でシェアを獲得すれば、日本車の脅威になるとの声が聞こえてくるが、それは確かなものだろうか。店舗による対面販売網の構築などからBYDは日本での本気度を大いに示した一方、戦略モデルの突破力で、一気に該当するセグメントの市場シェアを獲得するいつものBYDらしい戦略を日本では望んでいないといえる。来年3月末までのドルフィンの販売目標も1100台と控えめだ。

 劉学亮会長は「BYDは日本車と競合するより、むしろ日本の電動化を推進する役割が大きい」と語った。この発言の裏にはBYDの三つの考えがある。

まずは、日本の商習慣、嗜好に慣れる

 まず一つ目は、中長期的な視点で日本の乗用車市場の開拓に取り組むことだ。

 日本の消費者の嗜好(しこう)を勘案し、BYDは日本への参入時期や戦略を慎重に見極めてきた。05年に設立した日本法人は、電子部品の受託生産に始まり、ビジネスをEVバスに広げた。自治体や法人向けで日本の商習慣への対応や車両のアフターサービスの経験を積み、満を持して乗用車市場に乗り込んだ。

 BYDは「車の購入においてリアルな体験は欠かせず、ウェブ販売には頼らない」と考え、25年末までに全国に100店超の販売店網を整備する方針を示した。外資系自動車メーカーにとって「難攻不落」と言われる日本の乗用車市場で、一度失敗したら再起の難易度は高くなる。EVの安全性・信頼性、アフターサービス、電池の品質、中古車の残価率などが重要視される日本の一般ユーザーの消費嗜好は無視できない。その姿勢から、ステップを踏んで着実に日本事業を進めたいBYD本社の意向が伺える。

EVならではの「スマホ価値」を提示

 二つ目は日本の低い電動化率を受けた製品戦略の実施だ。

 EV比率が2~3%の日本市場では、新し物好きの一部消費者がEVの購入を試みるものの、一般ユーザーが買うためには、まだ障壁が存在する。BYDのEVが存在感を示せるためには、コネクテッド・人工知能(AI)・自動運転など、ガソリン車と競合できる明確な革新性を消費者に示す必要がある。つまり、EVの「スマホ」としての価値だ。日本勢EVの隙間市場をターゲットとするドルフィンは、軽自動車や小型車の代わりにEVを購入するニーズを意識して、2台目需要としての短距離ドライブ用車を狙う一方、価格だけではない新たな魅力や競争軸の創出を図ろうとしている。

日本での成功はアジア市場攻略の試金石に

 三つ目は日本EV市場がアジア市場攻略の試金石となるという点だ。

2023年9月20日のBYDドルフィンの価格発表会。中央はBYDオートジャパンの東福寺厚樹社長
2023年9月20日のBYDドルフィンの価格発表会。中央はBYDオートジャパンの東福寺厚樹社長

 日本市場でいたずらに高い販売目標を追うよりも、着実に日本市場で地歩を固め、評価を得られれば、東南アジアを含むグローバル市場でBYDの品質やブランド力をアピールすることになり、BYDのグローバル展開の自信にもなる。

 現在、BYDはタイのリバー・オートモーティブをはじめ、インドネシア、フィリピン、マレーシア、シンガポールでそれぞれ有力なパートナーと組んで、販売網の構築を急いでいる。輸出販売だけではなく、現地生産を通じ、より緻密に東南アジア展開を進めようとしている。BYDがタイでEV年産40万台の新工場および部品工場を建設しており、ベトナムでは電池関連部品の生産を計画し、タイのEV工場に供給する予定だ。日本車の牙城である東南アジア市場で、BYDは日本勢が態勢を整える前に攻勢をかけ続けて、一気にEV市場を押さえようとしている。2023年1~7月、東南アジア6カ国におけるBYDのEVシェアは約3割に達した。

ブランドを確立なら、日本のEVシフト加速の起爆剤に

 今年、タイに投入したドルフィンの価格は日本円で約306万円、同クラスのEVに比較してもかなり割安だ。補助金を使えば約260万円となり、日本の軽EVと比べても遜色ない価格帯と言える。一方、EV補助金が昨年末に終了した中国では、熾烈な市場競争を勝ち抜くため、ドルフィンを220万円で販売している。従って、日本市場に投入する車種の価格が中国市場での販売価格と同等レベルになるとなれば、かなりの価格破壊力を持つはずだ。

 しかし、日本市場では、中国製EVに対する先入観が存在しているため、ブランドが定着していないBYDが価格以上の満足度や付加価値を実現しない限り、しばらくは日本車と同じ土俵で競争するのは難しいだろう。中国や東南アジアにおけるBYDの思い切った市場戦略に対し、日本市場では慎重に展開するとも言うことができる。他方、時間をかけてドルフィンを慎重に育て、日本市場で中国ブランドとEVへの抵抗を払拭できれば、日本のEVシフトが一気に加速する起爆剤になる可能性があるだろう。

(湯進・みずほ銀行ビジネスソリューション部主任研究員)

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