経済・企業

中国BYDが圧倒的低価格で日本に照準(編集部)

BYDのドルフィンは集合住宅の住民の需要を狙う(9月20日の価格発表会で、BYDオートジャパンの東福寺厚樹社長)
BYDのドルフィンは集合住宅の住民の需要を狙う(9月20日の価格発表会で、BYDオートジャパンの東福寺厚樹社長)

 世界的なEVシフトは、加速するばかりだ。日本車に挽回のチャンスはあるのか。

>>特集「EV戦争2023」はこちら

「太平の眠り」にふける日本の自動車市場に、黒船EV(電気自動車)が次々と襲来している。第1弾の米テスラに続くのは、中国の巨人BYDだ。

「ドルフィンはその価格、航続性能、安全性の全てがそろったコンパクトEVの決定版として、日本の多くの顧客に選択いただける商品に仕上がっていると確信している」。BYDオートジャパンの東福寺厚樹社長は9月20日、都内で行われたコンパクトEV「ドルフィン」の価格発表会で、強い自信を見せた。

 ドルフィンは今年上期の販売台数で世界10位の自動車メーカーになった中国BYDの戦略EVだ。EV関連の情報を発信するオンラインメディア「クリーンテクニカ」によると、今年1~7月の全世界EV販売ランキングで、ドルフィンの販売台数は6位の19万台(表2)。SUV(スポーツタイプ多目的車)「ATTO3(アットスリー)」と並ぶ、同社の大黒柱だ。

 中国市場での実績を引っ提げ、昨年7月に日本の乗用車市場への参入を発表したBYDは、アットスリーの販売を2月から開始、8月までの累計販売台数は700台に達した。価格発表会と同日発売の第2弾のドルフィンは、より手ごろなサイズ・価格とし、マンションなどに住む都市部の住民のほか、充電環境に恵まれた地方の戸建て居住者の2台目需要を狙う。

プリウスやカローラより安く

 ドルフィンの大きさは、トヨタ自動車・ヤリスやホンダフィットなどの「Bクラス」と、トヨタ・カローラや独フォルクスワーゲン(VW)ゴルフに代表される「Cクラス」の中間だ。中国本国仕様の全高は1570ミリだが、日本仕様では都心の機械式駐車場に入るように、アンテナの形状を変え1550ミリとした。最小回転半径も5.2メートルと日本の狭い道でも小回りが利く(表1)。

 だが、最大の注目は、その価格設定だ。満充電の航続距離が476キロの上位モデルで407万円、同400キロの標準モデルで363万円とした。温室効果ガスの排出が少ないクリーンエネルギー車を対象とした国のCEV補助金は65万円、東京都なら別途45万円の補助金が出る。補助金を加味すれば、標準モデルなら253万円から購入可能で、想定ライバルである日産リーフ(EV)やトヨタプリウス(HV:ハイブリッド車)の275万円より、20万円以上安い。現在は国交省の「PHP(輸入自動車特別取扱制度)」を利用した輸入だが、型式認証を取得すれば、補助金は85万円まで増額される。この場合、標準モデルなら233万円で、トヨタの主力車種カローラのHVモデルよりも安くなる。

 自動車アナリストの中西孝樹・ナカニシ自動車産業リサーチ代表は、「販売店の数(現時点で全国11店舗)はまだ、少ないし、ブランドが定着しているわけではないので、今すぐ、大ヒットすることはない」とする一方で、「世界に通用するコスト競争力の高い商品であることは事実。こういう強力なライバルが世界で生まれていることを、日本の消費者も産業界も知ることが必要だ」と警鐘を鳴らす。

 世界の自動車市場では、各国の温室効果ガスの排出規制、機関投資家のESG投資の流れがEVの普及を後押ししている。民間調査会社の富士経済によると、全世界でのEVの普及率は、2023年の見込みである13%から35年には63%まで上昇する。地域別の普及率は欧州で81%、中国で79%、北米で65%、日本でも42%に達する(図)。

スマホ化に出遅れる

 EV化は、「SDV(ソフトウエア・デファインド・ビークル)」に象徴される「クルマのスマホ化」を推し進める。特に中国では、動画や音楽、SNSやゲームが楽しめ、安全・自動運転機能まで、オンラインで更新される利便性が消費者に認められ、昨年末の補助金廃止にもかかわらず、EVの普及が拡大している。

 その過程で、自動車業界では、コストや開発期間圧縮のため、部品を内製化する「垂直統合型」のビジネスモデルが主流になると同時に、開発に占めるソフトウエアの比重が増えてくる。この新しい潮流に適応したのが、テスラとBYDを筆頭とした米中の新興勢力だ。それに対し、エンジン車時代の長大な供給網を抱える日米欧の自動車メーカーは、EV専業のスピードやコストに追いつけず、急速に競争力を失いつつある(表2)。VWやトヨタではSDV向けソフトの開発に失敗し、本体や子会社のトップが更迭される事態ともなった。

 BYDの好敵手であるテスラは、BYDに先立つ9月1日に、主力EVセダン「モデル3」の大幅改良を発表した。外観上ではヘッドライトを薄くし、スポーティーなイメージを強めたほか、シフトレバーと方向指示器のレバーを廃止し、「スマホ化」を一段と推し進めた。さらに、運転の支援に使われていた超音波センサーをすべて取り払った。これは、人間と同様に、映像のみによる完全自動運転の布石だ。EVに詳しい名古屋大学の野辺継男・客員教授は、このままでは「2030年にはエンジン車やHVが主力の旧来型の自動車会社は世界市場の50%以下に収まる一方、EVからなる残りの市場はテスラ、BYDとそのほか1社程度で寡占化が進む」と見る。日本も変革を真剣に受け入れる時期に来ている。

(稲留正英・編集部)


週刊エコノミスト2023年10月10・17日合併号掲載

EV戦争 BYD、実質253万円の黒船EV 圧倒的な低価格で日本に照準=稲留正英

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

5月14日・21日合併号

ストップ!人口半減16 「自立持続可能」は全国65自治体 個性伸ばす「開成町」「忍野村」■荒木涼子/村田晋一郎19 地方の活路 カギは「多極集住」と高品質観光業 「よそ者・若者・ばか者」を生かせ■冨山和彦20 「人口減」のウソを斬る 地方消失の真因は若年女性の流出■天野馨南子25 労働力不足 203 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事