BRICSに新通貨構想 脱ドル&脱西側(編集部)
ブラジル・レアル、ロシア・ルーブル、インド・ルピー、中国・人民元、南アフリカ・ランド──。これら5通貨にはある共通点がある。これら新興5カ国はいずれも、国名の頭文字を冠した「BRICS」と呼ぶグループを形成する。そして、通貨単位の頭文字がいずれも「R」で始まっている(人民元の略称は「RMB」)。BRICSでは今、この「R5」で構成する新通貨の構想が議論されている。
南アフリカ・ヨハネスブルクで今年8月19日に開かれた、BRICSのガバナンス(統治)や文化交流に関するセミナー。同22~24日に同じヨハネスブルクで開催されたBRICSサミット(首脳会議)の直前のタイミング。講演に立ったブラジル出身のエコノミストで国際通貨基金(IMF)の理事も務めたパウロ・ノゲイラ・バチスタ・ジュニア氏は、R5で構成する新通貨の必要性を訴えた。
バチスタ氏の構想する新通貨は、各国の既存通貨にとって代わるものではなく、国際取引用のデジタル通貨として導入する構想だ。BRICSではこれまでも、米ドルに決済を依存していることへの問題意識は共有されていたが、議論はなかなか進展しなかった。しかし、ここにきて徐々に具体性を帯び始めたようにみえる。引き金を引いたのは、昨年2月のウクライナ侵攻を受けて実施された、西側による対ロシア経済制裁だ。
ロシアに対する経済制裁では、国際決済ネットワークの国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除されたほか、ロシア中央銀行が西側各国に保有する資産3000億ドル(約45兆円)が凍結された。また、ロシア要人だけでなく、ウクライナ侵攻に加担したとする第三国の企業や個人の資産も凍結されている。こうした制裁に衝撃を受けたのが非西側の新興国だ。
25年には創設決定?
原油・天然ガスの豊富な一大産出国で小麦などの農業大国でもあるロシアだからこそ、経済制裁を受けても国として何とか持ちこたえている。しかし、資源を持たず経済規模も小さな国ではひとたまりもない──。バチスタ氏は「ドルの特権的地位の利用と乱用は、国際通貨システムの正当性を失わせる」と強調し、国際通貨制度と国際取引の「脱ドル化」の必要性を主張した。
米ドルは外国為替市場取引の4割超で使われており、その信用力や流動性は他の通貨を凌駕(りょうが)する以上、一朝一夕に脱ドル化が進むとは現実的には考えにくい。ただ、国際金融情勢に詳しい在米ストラテジストの滝沢伯文氏は、脱ドル化に向けた新しい通貨構想について、「国際決済でドルが圧倒的に使われる仕組みを回避するために、BRICS加盟国の通貨を尊重し合うシステムを目指しているのだろう」との見方を示す。
バチスタ氏は講演の中で、来年にロシアで開催されるBRICSサミットで正式にR5新通貨の議論が始まり、翌25年のブラジルでのBRICSサミットでR5新通貨の創設が決定されるかもしれないとの見通しを示した。バチスタ氏はBRICS各国が14年に創設した新興国向けに開発資金を融資する「新開発銀行」(通称BRICS銀行)の副総裁も15~17年に務めており、BRICSの内情に通じている可能性がある以上、単なる夢物語とも思われない。
また、BRICSは各国通貨の信用力を引き上げるため、中央銀行による金保有量も増やしている。中国は今年4~6月の残高が2113トンと、ウクライナ侵攻前の19年4~6月に比べて10%も増加した。インドは29%、ロシアも6%増やしている。日本貴金属マーケット協会の池水雄一代表理事は、中国の保有量増加について、「人民元の信頼性を引き上げるために、金の保有を増やす狙いがあるのは間違いないだろう」と述べる。
6カ国が新規加盟
国内総生産(GDP)で米国を猛追する中国、人口世界一となるインド、資源大国のロシアなど、世界経済への影響力を年々強めるBRICSだが、今後はさらに大きくなりそうだ。今年のBRICSサミットでは、アルゼンチン、サウジアラビア、イラン、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、エチオピアの6カ国が来年1月に加わることが決定した。
一大産油国のサウジとイランは長く中東の覇権を争い、16年以降は断交していたが、中国の仲介によって今年3月、外交関係を正常化。BRICSにも同時加盟を果たした。UAEも世界有数の産油国に名を連ねる。アルゼンチンはトウモロコシなど穀物の輸出大国。エジプトやエチオピアはアフリカ大陸の人口大国で、エチオピアにはアフリカ連合(AU)の本部がある。
どのような基準で6カ国の新規加盟が決まったのかは明らかではない。ただ、国際政治が専門の福富満久・一橋大学大学院教授は、6カ国が新たに加わったBRICSについて、「国際政治のルール設定や貿易の取り決め、紛争処理の介入まで含めて、先進国がこれまで『大国の論理』で主導してきた。拡大BRICSはその対抗軸として、国際社会のルール作りを進めるという意思が原動力になっている」と指摘する。
BRICSは米ゴールドマン・サックスが01年、リポートの中で高い成長性が見込める国としてブラジル、ロシア、インド、中国を総称して「BRICs」と呼んだのが始まりだ。外相会合などを持つ緩やかな集まりにすぎなかったが、09年に初のサミットを開催。10年には南アが加わって5カ国体制となり、BRICSと呼ばれるようになった。
パレスチナも関心
南ア政府によれば、今回新規加盟が決まった6カ国以外にも、インドネシアやタイ、ベトナム、ナイジェリア、カザフスタンなど17カ国・地域から加盟への正式な関心の表明があったという。南アのラマポーザ大統領は今回のBRICSサミットで、「BRICSは(新興・発展途上国の総称の)グローバルサウスの擁護者になる」と強調したが、これほどの影響力を持つとはゴールドマン・サックスも想像しなかったに違いない。
世界経済は今、先進国とBRICSで景況感に差が出ている。製造企業の景況感を示す「購買担当者景気指数」(製造業PMI)の今年9月の数値によれば、ドイツが40と好不況の境目となる「50」を下回るなど、先進国が資源高によるインフレなどに苦しむ一方、インドやサウジ、UAEは57前後で、景気悪化が指摘される中国も50を上回る。インドは割安なロシア産原油の輸入が景気を支えている格好だ。
ロシアのウクライナ侵攻が続く中、10月7日にはパレスチナ自治区ガザ地区を支配するイスラム組織ハマスがイスラエルに対して大規模攻撃を開始した。イスラエルとの戦争状態に突入したパレスチナは、今回のBRICSサミットで南ア政府が明らかにした加盟への正式な関心を示した国・地域に含まれる。混迷を深める世界経済の中で、BRICSが持つ影響力は着実に大きくなっている。
(浜田健太郎・編集部)
週刊エコノミスト2023年10月24日号掲載
脱ドルへ「R5」新通貨構想 引き金を引いた対露経済制裁=浜田健太郎