サウジ・イランのBRICS加盟とハマスのイスラエル侵攻の深い関係 斉藤貢
これまで対立してきたサウジアラビアとイランがBRICSに同時加盟が決まった。また、中東からはUAEやエジプトも加盟し、他の諸国にも関心が高い。
南アフリカで8月に開かれたBRICS(新興5カ国)の首脳会議(サミット)で、ペルシャ湾岸の主要産油国であるサウジアラビア、イラン、アラブ首長国連邦(UAE)の新規加盟が発表された。中国やインドなどBRICS加盟国は化石燃料への依存度が高く、世界の石油生産の約3割を占めるペルシャ湾岸地域を取り込もうとするのは当然であろう。一方、サウジアラビア、イラン、UAEの思惑は何であろうか。
まず、いずれの国にも共通するのは国威発揚だろう。サウジアラビアは若いムハンマド皇太子の下で8月、ウクライナ和平会議を主催するなど、サウジの国際的地位向上に積極的であり、BRICS加盟もその一環と思われる。また、イランは米国の経済制裁で経済が悪化して国民の不満が高まる中、BRICS加盟により国民の士気高揚を期待しているのであろう。
また、これら3カ国にとり中国、インドは重要な石油の輸出先であるため、大口顧客との関係強化という目的があるだろう。
さらには、石油輸出国機構(OPEC)と非OPEC加盟の主要産油国で構成する「OPECプラス」の重要メンバーであるロシアと油価安定のために関係強化を図る狙いもあるであろう。また、サウジとUAEには、豊かなオイルマネーの投資先としてBRICS諸国との関係強化を望む視点もあると思われる。
さらに、中東諸国からはエジプトも今回、新たに加盟が決まったほか、トルコやアルジェリアなども参加に関心を示しているといわれ、中東諸国のBRICSへの関心は高い。これは長年、欧米の干渉に苦しめられてきた中東には現在も反欧米感情が根強く残り、G7(主要7カ国)が象徴する欧米中心の国際経済の枠組みへの対抗軸として、BRICSへの期待感が強いことを示唆している。
新たな安保体制構築へ
さて、サウジ及びUAEとイランの関係は今年3月、中国がイランとサウジの関係正常化を仲介し、ほぼ同じ時期にUAEもイランとの関係を改善したことから、表面上は関係が修復されている。ただし、イランは昨年までイエメンのフーシ派を使って、繰り返しサウジとUAEを弾道ミサイルとドローンで攻撃していたので、両国のイランの覇権主義に対する警戒感は引き続き強いと考えて間違いない。
また、21年8月の米軍のアフガニスタン撤退以降、米軍は中国に対抗するため中東地域からアジア・太平洋方面へ軸足を移す再展開を加速しているが、それに呼応するかのようにイランによるホルムズ海峡近傍での第三国船舶の拿捕(だほ)などが頻発している。その結果、米軍という後ろ盾を失いつつあるサウジやUAEは、自国の軍備の増強や中国への傾斜を強めている。
こうした米軍の再展開がきっかけとなり、米国のペルシャ湾地域での影響力は加速度的に低下しているが、この米軍撤退の根本にはシェール革命によって米国自身が産油国となり、ペルシャ湾地域への石油の依存度が劇的に低下していることがある。しかし、依然として日本はこの地域に石油輸入の95%(23年)、韓国も72%(22年)を依存している現実がある。
また、EU(欧州連合)諸国も昨年のロシアによるウクライナ侵攻以降、ペルシャ湾地域の天然ガスへの依存度を急速に高めており、米国も同盟国との関係からこのままペルシャ湾地域でイランの覇権を許したり、中国の影響力増大をおいそれと認めたりするわけにはいかない。そこで、バイデン米政権が進めようとしているのが、アラブ産油国にイスラエルを加えたハイブリッドな安全保障体制の構築である。
これは、イランの脅威に対抗しようと生み出されたトランプ前政権時代のアイデアで、トランプ政権は20年、「アブラハム合意」と呼ばれるイスラエルとUAE、バーレーンの国交樹立に成功している。この流れを受け継ぎ、バイデン政権はこのところ、イスラエルとアラブの盟主でもあるサウジとの国交樹立に躍起になっているが、サウジ側はイスラエルとの国交樹立の見返りに米国との軍事同盟の締結と核開発への協力を求めている模様だ。
「アラブ和平提案」起点に
サウジからすれば、イスラエルとの国交樹立はイスラエルと敵対するイランを怒らせる可能性が大となるため、米軍がイランの脅威から守ってくれるのは当然との考えだが、米国からすればイランと武力衝突のリスクを高めるのでちゅうちょせざるを得ない。しかも、サウジとの防衛条約は、米軍の中東からの撤退という目的達成のための手段であるはずが、一層の軍事的関与となって矛盾してしまう。
また、アラブの盟主を自認するサウジは、イスラエルとの国交樹立に際してパレスチナ問題(アラブ・イスラエル紛争)を置き去りにするわけにはいかない。もし置き去りにしてしまえば、国内のみならずアラブ世界でサウジの威信は地に落ちる。このパレスチナ問題解決のスタートラインとなるのは、02年3月にアラブ首脳会議でサウジが提案して採択された「アラブ和平提案」だ。
ただ、アラブ和平提案にはイスラエルの全アラブ占領地からの撤退やパレスチナ国家樹立が含まれているが、現在の極右と宗教政党が牛耳るイスラエルのネタニヤフ政権が、パレスチナ問題についてサウジアラビアのメンツが立つような譲歩をするとは思われない。
10月7日には突如、イランが支援するパレスチナのイスラム武装組織ハマスが、イスラエルにこれまでにない大規模攻撃を仕掛けた。この攻撃の裏には、イスラエル・サウジ国交樹立を妨害したいイランがいる可能性が高い。
しかし、バイデン大統領は本気であり、9月20日にはイスラエルのネタニヤフ首相と会談して譲歩を迫ったようだ。また、同じく20日、ムハンマド皇太子も「イスラエルとの国交樹立は日々近づいている」と述べている。他方、同時にムハンマド皇太子は「イランが核武装すれば、サウジも核武装する」と述べているため、米国がサウジの核開発に協力するかどうかは極めて難しい判断が要求される。
また、UAE・イラン関係はとりあえず修復されているが、イランが実効支配するペルシャ湾の3島の領有をめぐる紛争解決のめどはまったく立っていないし、サウジ・UAE関係も、ムハンマド皇太子とUAEのザイド大統領の個人的な友情から良好とされていたが、最近は両者の間に隙間(すきま)風が吹いているといわれる。
今回、BRICS側はペルシャ湾地域の石油確保を狙ってこの3カ国の加盟を決めたが、域内の主要3カ国の間の関係も危ういものがあり、ペルシャ湾情勢は引き続き予断を許さない。
(斉藤貢・前駐イラン大使)
週刊エコノミスト2023年10月24日号掲載
BRICS 中東の事情 サウジとイランが同時加盟も 対米、イスラエル関係に難問=斉藤貢