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欧州で再燃する北アフリカからの難民・移民問題 渡邊啓貴
北アフリカからの難民急増を受け、EUは難民の地位決定迅速化などの新協定を模索。しかし、各国とも国内右派からの反発が予想され、国内事情は厳しそうだ。
EUは新受け入れ協定を模索
欧州連合(EU)は10月6日、スペインのグラナダで首脳会議を開催した。この時期だからウクライナへの支援強化と共通防衛政策としての「戦略的コンパス」の強化(軍事動員・宇宙レジリエンス・サイバー/ハイブリッド脅威・対外情報操作への対抗措置)などが議論されたが、喫緊の課題として欧州に向かう難民への対応も重要な議題となった。
首脳会議では国際法とEUの原則・価値観に従った包括的アプローチが提唱された。対外政策強化、EU域外国境保護、出身国・通過国とのパートナーシップ、移住の根本要因への取り組み、正規移住の可能性の措置などで合意した。
9月の数日間で8500人超がイタリア漂着
ここにきてEUが改めて難民・移民(移住)問題に焦点を当てたのは、今春以来、地中海中央ルートを利用した危険な難民の欧州流入が急増しているからである。イタリア南部の地中海沿岸のランペドゥーサ島では9月中旬の数日間だけで、島内住民数8500人を超える数の難民(申請希望者)が漂着した。当然島民と難民の間で摩擦が発生し、治安当局・住民と難民が衝突した。
今年6月下旬ランペドゥーサ島沖合で難民を乗せた船が難波し、多くの犠牲者を出したことから地中海難民問題が再燃した。適正規模の10倍もの人を乗船させたボートで対岸のアフリカから(最近ではチュニジアが拠点)人々が移住しようとしている。事態を重く見たEUがその本格的対策に改めて乗り出した。
2015年、シリア内戦による同国からの難民が大量に発生して欧州は難民の大量流入で混乱した(この年180万人)。対岸のアフリカ(特に当時はリビア)からの地中海ルートとバルカン諸国を陸路経由したルートによる流入が注目を浴びた。当時トルコの海岸に3歳のシリア難民の男の子の遺体が漂着した事件が世界のメディアで報道されてEUも静観できなくなり、15~16年には加盟国への難民受け入れ数の強制的割当制も導入されたが、一連の措置は十分に機能せず、中途半端なままの状態だ。難民NGOなどがリビア沿岸などで出発前の難民船を破壊・捕縛したり、海上で救助して欧州に上陸させるのが日常化している。
15年当時の難民漂着地の第一の国はギリシャだったが、21年以後欧州で最も難民漂着者が多い国はイタリアだ。今年6月17日フォンデアライエン欧州委員会委員長はジョルジャ・メローニ伊首相とともに同島を訪問、「ヨーロッパの回答は不可欠」と語気を強めた。そのひとつがEUの「移住(難民・移民)協定」設立である。
フォンデアライエン氏が欧州委員長に就任した翌年の20年以降、EUは新たな「移住協定」締結を打ち出していたが、6月以来のランペドゥーサ島の難民流入の急増による混乱がこの協定合意に向けた後押しとなった。9月28日EU内相会議ではこの移住協定成立に向けた域外協力関係が強調された。
元来難民問題の元凶の一つとして指摘されてきたのが、「ダブリンⅢ規則」(13年採択)と呼ばれる難民受け入れ規則だ。この取り決めでは欧州における難民受け入れは、漂着した域外出身者が庇護申請を提出した国(イタリア・ギリシャ・マルタなど南欧諸国)の判断に任される。しかし、多くの手間をかけて申請を許可しても、庇護申請を許可された人々は南欧諸国に滞在するのではなく、ドイツ・北欧諸国に職を求めて移動しようとする。他方、それらの国々が受け入れを拒否した場合には最初の入国地であるこれらの南欧諸国に送還されることになる。
今回の新協定の提案はその改正を意味し、3年以上の時間を経てようやく実現しそうだというのが現状だ。危険な地中海ルートの惨事を受けて、今年4月欧州議会は基本文書に合意、6月には強制的「連帯メカニズム(後述)」でも合意し、欧州委員会は、24年6月の欧州議会選挙前に欧州議会での可決は可能だと予想する。
5日以内に入国審査
新たな難民受け入れ協定では第一に、国境での移民管理が強化されるが、具体策として流入した人々の地位を迅速に決定する処置だ。「入国審査」が5日以内に決定される措置(指紋照合による国籍管理、安全・健康管理など)の導入だ。第二に、加盟国間で流入民の再配置の調整(難民申請者の加盟国間での移転)・財政貢献・そのほかの連帯のための措置(受け入れ数拡大や他国へのロジ面での支援)を行う(より柔軟な「連帯メカニズム」)。第三に、難民発生国と通過国との協力を強化し、渡航移民数の制限・難民流出ネットワークや密入国の防止に努めることだ。当然、域外国とのパートナーシップ強化や欧州全体の自発的移民政策の実施につながる。
この域外国との協調は近年の傾向だ。先のランペドゥーサ島訪問時にフォンデアライエン欧州委員長は、EUの10項目に及ぶ対策を発表したが、その中には一連の難民・移民の域内管理措置とともに、チュニジアとの協力強化、とくにチュニジアへの出国を促進するための財政支援などの協力強化が含まれている。チュニジアの独裁政権の弾圧政策をEUは厳しく批判していたが、人々の流入を抑制するためにやむなく難民支援のための10億ユーロ以上に及ぶ支援を約束した。これは双方向的な移民問題解決、つまり移民を受け入れる側だけではなく、送り出し国・移民通過国との間の相互協力関係の強化だ。英独仏などでは1970年代から帰国に際しての資金援助などを伴った帰国奨励策の延長にあるものである。
実際にフランスは北アフリカ諸国とそうした共同の移民管理政策を進めている。EUもすでにモロッコ(1億5200万ユーロ)、エジプト(1億2000万ユーロ)と移民管理や帰国奨励支援のための資金提供の約束を結んでいる。域内政策としてではなく、域外政策としての難民・移民政策である。9月28日にEU内務相会議は、移民通過国・出身主要国との緊密で恒久的な協力を強調し、域外関係強化を提唱した。
独仏には警戒感も
しかし各国の事情は一律ではない。仏伊の間ではこれまでにも何度かシェンゲン協定(EU域内での移民・第三国人の移動の自由を認めた協定)を停止したことがあるし、9月24日のテレビ会見で、エマニュエル・マクロン仏大統領は、「わたしたちは世界中の悲惨をすべて引き受けることはできない」と難民受け入れに慎重な姿勢を示した。ドイツも、イタリアなど南欧諸国が「欧州連帯」の名の下に安易に受け入れた難民をドイツなど欧州の「先進国」に移住させることに反発、そのための財政支援を中断することを決定した。
北欧諸国でも難民・移民に対する政策を強化している。スウェーデン政府は、10月から同国滞在許可取得のための条件となる最低賃金額の下限額を、これまでの2倍の2万6500クローナ(2300ユーロ)に増額した。これは平均的賃金の80%に当たる高額な制限だ。この措置はデンマークに倣ったものだ。オランダでもマルク・ルッテ連立政権は、難民の家族呼び寄せ規制を厳格化する方針を打ち出し、十分な資金力の裏付けの保証を求めるようにした。
難民受け入れには硬軟両様の構えが欧州各国の政策だが、各国の事情はいずれも国内の排外主義的右派勢力の躍進を警戒する立場から厳しいものになりがちだ。
(渡邊啓貴・帝京大学教授)
週刊エコノミスト2023年11月7日号掲載
欧州で再燃する難民・移民問題 EUは新受け入れ協定を模索=渡邊啓貴