G20議長国で高まった存在感 「大国への道」阻む国内課題 安藤大介
インドの首都ニューデリーで9月9、10日の両日開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)は、モディ首相にとって、存在感を世界に示す格好の舞台となった。
「G20の議長国として、全世界が団結し、信頼の欠如を、信頼と信用に変えるように呼び掛ける。今こそ私たち全員が共に歩む時だ」
サミットの冒頭の演説で、モディ首相は力強く各国に結束を呼びかけると、午後には首脳宣言を採択したことを表明した。ロシアのウクライナ侵攻後、各国の対立や意見の相違が大きく、首脳宣言が出せない事態も予想されていた。ところがインドは議論も始まっていないような段階で各国に提案し、判断を迫る“奇策”で、初日採択という異例の展開を生んだ。
「インドがやろうとすることに、G7(主要7カ国)が相当譲歩し、顔色をうかがったというのは特筆すべきことだ。各国とも『インドを敵に回したくない』『手放したくない』と、やや遠回りで消極的な関与の仕方をした結果、採択された文書は重みに欠けるものになった」。国際情勢に詳しい東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授(国際政治経済学)が解説する。
グローバルサウス主導
ロシアのウクライナ侵攻以降、世界は対立・分断を深めている。そうした中、経済成長の潜在力が大きく、各分野ごとにパートナーを代える外交を展開するインドに秋波を送ってきたG7各国は、ウクライナに関する文言もなく、形式だけを整えたような内容の宣言に同意するしかなかった。
このG20会合では議長国インドが主導する形で、アフリカ連合(AU)が正式にメンバー入りすることも決まった。存在感を高める「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国をインドが主導して取り込んだことで、その代表という立ち位置を固めた形だ。
存在感を高めるインド。国連経済社会局の推計では、今年4月末までに人口が14億2577万人に達し、中国を追い越して人口世界一になったとみられる。若年人口が多く、成長の余地も大きい。
最近、インドの隆盛を感じさせる存在となっているのがグローバル企業のCEO(最高経営責任者)の地位に次々と就くインド出身者だ。マイクロソフト、IBM、スターバックスコーヒー、グーグルなどのトップがインド出身者となり、話題を呼んだ。
果たして、インドはこのまま大国、グローバルリーダーへの道を歩むのか。鈴木氏は「インドは社会資本やインフラに関しても未整備で、自国で全部まかなえるような国ではない。グローバルな大国としての条件に、まだ達していないだろう」と指摘する。
その一番の問題点は、製造業の弱さだ。製造業振興策「メーク・イン・インディア」の旗印の下、補助金を活用した産業育成策を進めているが、主要な製品はなお輸入に頼っているのが実情だ。
背景には「人口ボーナス」を生かせていない社会構造がある。みずほリサーチ&テクノロジーズの対木さおり主席エコノミストは「人的資本の蓄積の遅れは深刻で、特に女性の労働参加率の低さが経済成長を妨げている」と語る。
特に農村部では、家庭の労働力として扱われ、学校に通っていない少女も少なくない。女性の識字率は6割台(21年)にとどまり、アジア諸国でも飛び抜けて低い水準にある。対木氏は「政府も若年層向けの支援策などを実施しているが、教育の問題は補助金ですぐに解決できるような問題ではない。女性がオフィスで働くということ自体が根付いておらず、改善には時間がかかる」と指摘する。
一方で、IT分野など優秀な人材は活路を求め、海外に出ていく。世界的企業のCEO増加は、インド社会の問題点の裏返しでもある。このほかにも貧弱なインフラ、行政の汚職、連邦政府と州の複雑な関係など、インドの成長を阻む存在は次々に挙げられる。
拡大する存在感に見合うように、足場をどう固めるのか。インドが解決すべき課題は多い。
(安藤大介・編集部)
週刊エコノミスト2023年11月7日号掲載
踊る!インド経済 G20議長国で高まった存在感 「大国への道」阻む国内課題=安藤大介