教養・歴史書評

人類史の通念を覆す人類学者が深めた「暴力とケアの結束」という論点の重要性 ブレイディみかこ

 

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「人類史を根本からくつがえす」というコピーが帯に躍る『万物の黎明』(デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ著、酒井隆史訳、光文社、5500円)を読んだ。思い出したのは、古墳オタクの妹から送られてきた福岡県の王塚装飾古墳の石室レプリカの写真だ。岡本太郎デザインかと思うような、「ど」がつくほどカラフルなその石室は、発見当初の色彩を忠実に再現したものだそうで、全面に施された壁画は国内では最多の色数だという。びっくりするのは、作り手は何かでハイになってたんじゃないかといぶかるような、その装飾の陽気さと遊び心だ。日本人はまじめとか、ミニマリストとかいうイメージを根本からくつがえす古墳である。むかし日本に住んでいた人たちは、実はめっちゃ明るくて遊戯的でふまじめだったのかもしれない。

「〇〇を根本からくつがえす」ことは、3年前に他界した人類学者グレーバーがその著書を通じて試みてきた仕事だった。「既成概念から人々を解き放つ」仕事と言い換えてもよい。人々が思考のとらわれから自由になれたら、いまと違う未来を想像できるようになると彼は信じていた。

 今回の本では、比較考古学教授のデヴィッド・ウェングロウと組んで、グレーバーが人類史についての概念をくつがえそうとする。広く考えられているように人類史の流れは確固たるものではなく、遊戯的可能性に満ちているというのだ。昨今はやりの「不平等の起源とは何か」は、歴史に問うべき最大の問題ではない。「なぜわたしたちは閉塞してしまったのか」のほうが重要な問いだという。原文では「how did we get stuck?」。「getting stuck」には「抜け出せなくなる」「はまり込む」のほか、「行き詰まる」という意味もある。

 人類の起源は「えげつなく利己主義」(ホッブズ・モデル)と「無垢(むく)なる平等主義的原初状態」(ルソー・モデル)しかなく…

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週刊エコノミスト

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