皮肉な題名が示す実態 獣と獣の衝突が生々しい 芝山幹郎
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映画 理想郷
気ぜわしい都会の生活に倦(う)んだ中年の夫婦が、新天地を求めて過疎地へ転居し、農業をはじめる。その夫婦に、地元民が白い眼を向ける。露骨な敵意を示す者もいる。けっして珍しいケースではない。
ありがちなこの設定が「理想郷」の基本だ。が、これはありがちな映画ではない。反射的に思い出すのはサム・ペキンパー監督の「わらの犬」(1971年)だ。どちらも強い握力で観客の喉元を絞め上げ、変則的なカーヴを次々と切ってみせる。
舞台はスペイン北西部にあるガリシア州の山間部だ。白ワインの産地として知られる大西洋岸のリアス・バイシャス地方とは大きく異なり、この地域は森が深く、特段の産業もない。数少ない村人は農業や畜産業で、細々と生計を立てている。
フランスで教師をしていたアントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)とオルガ(マリナ・フォイス)の夫婦は、新生活を求めてここへやってきた。有機農業で野菜を作り、廃屋を改修して村を活性化したいと考えている。
そんな彼らに、隣人の中年兄弟が反感を隠さない。兄のシャン(ルイス・サエラ)は気むずかしい理屈屋で、弟のロレンゾ(ディエゴ・アニード)は底意地の悪そうな気配を漂わせる。
兄弟は貧しい。老母と3人で家畜の糞尿にまみれて暮らし、金と女に飢えている。
彼らと夫婦がいがみ合う直接のきっかけとなったのは、風力発電所の誘致をめぐる分断だ。両者はどうしても対立する。
もちろんその前に、「よそ者嫌い」や「外国人嫌い」という村人の排他的体質がある。夫婦の側にも、移住先の人々…
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週刊エコノミスト
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