デフレ経済突入後の日本で起きた価格形成の動向を解説 評者・服部茂幸
『日本の物価・資産価格 価格ダイナミクスの解明』
編者 渡辺努(東京大学大学院教授) 清水千弘(一橋大学教授)
東京大学出版会 7920円
西村清彦・三輪芳朗編著『日本の株価・地価 価格形成のメカニズム』(東京大学出版会)が出版されたのは、不動産バブルがピークに達した1990年だった。編著者の一人・西村氏の古希を記念して出版されたのが本書である。字数の制約から以下では特に評者の関心の強かったところのみを取り上げる。
第1章では、日本のデフレを屈折需要曲線を使い、説明している。全体の消費者物価上昇率が同じという前提で、日本は他国よりも価格が変動しない品目の割合が高いことを指摘する。特に物価が下がる時に価格を据え置く品目の割合が、日本では高くなるという。さらに、価格が10%値下げされた時、日本の消費者の反応はアメリカの消費者とそれほど違わないが、逆に10%値上げされた時は、その店で同じ量を買う消費者は少なく、買うのをやめる消費者が多いことを指摘する。ここから渡辺氏は日本の消費者は値上げを容認せず、それがデフレを長引かせていると結論する。
しかし、物価が全体的に下がる時、価格を据え置く品目が多いことは、デフレの拡大を防いでいるということである。値上げされた時に買い控えが起きるということは、デフレ脱却が望ましくないことを意味するだろう。
第2章では貨幣量と物価の関係を計量的に分析する。その結果は日米ともに70年代には貨幣量と物価には明確な関係が見られたが、アメリカでは2008年の金融危機後、日本では1990年のバブル崩壊後には関係がなくなったというものである。
第5章はドル・円レートと日米の物価の関係を計量的に分析したものである。結果は購買力平価は長期的にドル・円レートのアンカーになっている。しかし、その理由は為替レートが変動すると日本の輸入価格が変動し、それが日本の国内物価を変動させるからである。もっともその調整速度は年3%程度と高くない。
本書の末尾にある「総括」は、西村氏に対するインタビューである。氏は屈折需要曲線は費用に対して屈折していないと話している。そして経済学者アーサー・オークンの言う「フェアネス」の論理を引き合いにして、物価が上昇すれば賃金が上昇するというのは逆で、賃金が先でなければならないと語る。
以上の結論は、黒田日銀がデフレ脱却に失敗した事実、2021年からの輸入物価の高騰が消費者物価を引き上げたという事実、輸入インフレが消費停滞を引き起こしている事実と整合的である。
(服部茂幸・同志社大学教授)
わたなべ・つとむ ナウキャスト創業者・技術顧問。第1章「日本の価格硬直性」を担当。
しみず・ちひろ 一橋大学ソーシャル・データサイエンス研究科教授。第8章「日本の不動産価格決定メカニズム」を担当。
週刊エコノミスト2023年12月5・12日合併号掲載
書評 『日本の物価・資産価格 価格ダイナミクスの解明』 評者・服部茂幸