なぜ市子は突然失踪したのか? 社会の闇を凝縮した人間ドラマ 寺脇研
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映画 市子
市子という名の女性が、突然失踪する。前日に同棲(どうせい)相手の青年から結婚しよう、と言われ、頬を染めて喜んでいたというのに……。また、その夜はプロポーズ記念にプレゼントされた浴衣を着て、2人で花火大会へ行くのを楽しみにしていたのに……。なぜ? そして、どこへ行ってしまったのか?
この深い謎から物語は始まる。さらに、捜索願を出した青年のもとへ、死体遺棄事件を捜査中の刑事が来訪する。市子はその事件に関係しているのだろうか。そもそも天涯孤独だという彼女の経歴自体、謎に包まれていた。刑事は手がかりを求めて縁故者への聞き込みを続け、青年は、警察から教えてもらった情報を基に、市子の過去を知る人々の所を訪ね回る。その結果、幼少時からの素性が映画の中で少しずつ暴かれていくのだ。
その過程が、実に緊迫感にあふれる。見ている我々も、青年や刑事と一緒に探訪の日々を過ごしている気分だ。小学校の同級生たちからは、幼いころ「市子ちゃん」だったはずの子が「月子」という名で学校生活を送っていたこと、貧しい人の多い公営アパートの家へ遊びに行って垣間見た様子が奇妙なものだったことなどが語られる。そして、母親がDVから逃れて隠棲(いんせい)していた時期に生まれたために無戸籍だったことも分かる。
貧しいだけでなく、何か深刻な問題を抱えた家庭に育ったらしい。単純に家庭内暴力とか児童虐待とか定義づけられないくらいの困難な環境にいたようだ。高校を出た後の独り暮らしの時期、初めて心許せる友達ができて、ケーキ職人を…
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週刊エコノミスト
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