足るを知り木漏れ日を撮る カンヌ国際映画祭男優賞受賞作 勝田知巳
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映画 PERFECT DAYS
ヴィム・ヴェンダース監督の映画は、しばしば迷える中年男が主人公だ。「パリ、テキサス」「パレルモ・シューティング」「アメリカ、家族のいる風景」……。過去を悔い、人生の真実を見つけようと苦悩する。「PERFECT DAYS」も1人の中年男が登場するが、その男、平山は澄み切っている。1人だが孤独ではないし、迷いがなく満ち足りている。ヴェンダース監督が描いてきた男たちが、あがいた果てにたどり着いた、人生の美と幸福の一つの形を示しているようにも見える。
平山は公衆トイレの清掃員である。映画はその肖像を、簡潔だが丹念に描く。特別なことは何もない。古いアパートに一人暮らし。早朝に起きて、車でカセットテープの古いロックを聞きながら仕事に向かう。瀟洒(しょうしゃ)なデザインのトイレを丹念に磨き上げ、夕方に仕事を終える。アパートの一室で育てる苗木の水やりを欠かさない。仕事の休憩時間にフィルムのコンパクトカメラで木漏れ日を写す。その写真を日記のように押し入れにしまっている。規則正しい日常を送る。
そこにささやかな、事件とも言えないような出来事が起こる。若い同僚が、意中の女性を口説きたいと平山に金を無心する。家出した姪(めい)っ子が突然押しかけてくる。なじみの小料理屋の女将(おかみ)が元夫と会っているところに遭遇する。平山は心にさざ波を立てながらも、度を失うことなく受け止める。
持たず求めず、足るを知る。金に執着しない。といって一切無一物という悟った境地でもない。若い同僚…
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週刊エコノミスト
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