人工妊娠中絶が争点化する米国 「禁止反対」で勢いづく民主党 清水梨江子
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2023年11月7日、民主党はにわかに歓喜に沸いた。同日実施されたケンタッキー州知事選、バージニア州議会選、ペンシルベニア州最高裁判事選、そしてオハイオ州住民投票で、いずれも民主党が勝利を収めたからである。これらに共通した争点は、人工妊娠中絶の是非であった。
中絶に関しては、概して民主党が容認派、共和党が反対派と見られている。米国では、22年6月に連邦最高裁が女性の中絶の権利を認めた1973年の判決を破棄したことを受け、共和党が多数派を占める複数の州で中絶を原則禁止する法律の施行が続いている。この流れの中で勝利を収めた民主党は、中絶禁止への反対を主張し続ければ2024年大統領選でも共和党に勝つことができるのではないかと勢いづいたのである。
米国では一体いつから中絶が政治の争点となったのか。最初に中絶に関する条項を法律に盛り込んだのは、1821年のコネティカット州刑法であった。それから41年までの20年間で、10州及び1連邦直轄領の刑法に中絶に関する規定が盛り込まれていく。
当時の法律は、他者を殺害する意図、もしくは女性を中絶させる悪意をもって薬物を投与した者を罰する内容となっており、女性が中絶を希望することや、女性の希望に基づいて医師が外科的に中絶処置を行うことは問題とはされていない。すなわち、医師による行き過ぎた薬物投与を制限し、女性を含む市民の体を守ろうというのが立法化の背景であり、そこに政治的な対立は存在しなかった。
時は巡り、中絶が初めて政治の争点の一つとなったのは、共和党フォード大統領と民主党カーター候補が争った1976年大統領選であった。同選挙は、73年に最高裁が女性の中絶の権利を認める判決を下してから初の大統領選であり、結果として民主党のカーター候補が勝利したが、当時はまだ中絶を巡る党派間の意見の違いは曖昧であったようだ。実際、共和党のフォード大統領夫人は、…
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週刊エコノミスト
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