経済・企業 インバウンド
外資系高級ホテルが日本で次々に開業する理由 武田信晃
2024年以降、日本で外国資本の高級ホテルの開業が相次ぐ。「良いものを高く売る」ビジネスの定着は、デフレからの完全脱却を大きく後押しする可能性がある。
日本に“良いものを高く売る”ビジネスを定着させるきっかけに
外国資本のホテル・リゾート運営会社が相次いで、日本市場に進出している。香港の最高級ホテルチェーンの一つ、ローズウッドホテルズ&リゾーツは三菱地所と沖縄県宮古島に「ローズウッド宮古島」を2024年に開業させるほか、同年3月には東南アジアを中心に世界各地で高級リゾートを展開する「アマン」の姉妹ブランド「ジャヌ」が麻布台ヒルズに初のホテル「ジャヌ東京」を開業する。いずれも日本を訪れる海外の富裕層を狙っているが、物価高が進む中、日本国内にも「付加価値が高いものはそれに見合った対価を支払う」という機運が復活しつつあり、日本の顧客もターゲットとなる。
日本政府観光局が23年11月15日に発表した訪日外国人客数は、同年10月はコロナ前の19年と比べて0.8%増251万6500人と新型コロナウイルスの感染拡大後、初めてプラスに転じた。中国からの観光客がまだ本格的に復活していないにもかかわらず訪日客数がプラスに転じたのは、日本が世界で人気の観光地であるという証拠であり、その意義は大きい。
富裕層の訪日が増加
筆者は仕事柄、日本と香港を行き来するが、訪日する外国人観光客の中でも富裕層が増えたという印象がある。ホテル業界は、それを敏感に感じ取っているようで、前述のローズウッドやジャヌのほか、23年4月には仏LVMHモエヘネシー・ルイ・ヴィトン傘下のブルガリホテル東京、同年6月には米資本のザ・リッツ・カールトン福岡が開業。仏大手ホテルチェーンのアコーは日本でメルキュールを展開してきたが、24年4月にさらに上のクラスである「グランドメルキュール」を全国各地に12軒を一斉開業させる。日本観光の代名詞、京都では英インターコンチネンタルホテルズグループ傘下のリージェントが24年、帝国ホテルは26年にホテルを開く。
高級ホテルを展開するのは外資系が多いが、例えば、ザ・リッツ・カールトン福岡を運営する米マリオット・インターナショナルのグローバルな会員数は1億人を超えており、仮に日本好きが1%でも100万人いる計算となる。彼らのほか、他の海外富裕層と約149万世帯いる日本人の富裕層(野村総合研究所「2021年の日本における純金融資産保有額別の世帯数と資産規模」による)を相手にビジネスをしようとするのは理解できる。
今度は、客単価から見てみたい。観光庁が23年10月18日に発表した23年7〜9月期の「訪日外国人消費動向調査」によると、消費額は19年同期と比べると17.7%増の1兆3904億円を記録した。1人当たりの支出額で最も高いのは、フランスの35万8000円で、スペインの35万円、イタリアの34万2000円と続いた。彼らが全員、富裕層というわけではないが、イギリスも32万9000円、アメリカは29万2000円と欧米系の消費額は他地域より高めなのはデータからも明らかだ。
米『フォーブス』誌のホテル格付けで最上位の五つ星を獲得しているローズウッドは香港資本で、東京や京都ではなく宮古島に55棟のヴィラを展開する。香港の19年の訪日客は人口の約3分の1にあたる229万人に達した。何度も日本を訪れた人が多く、地方都市に向かう人が少なくない。
先日、香港の旅行代理店が集まるビルをのぞいてみた。年末年始や24年の旧正月向けの広告を見ると、北海道から沖縄まで幅広いツアーがあった。例えば、年末年始の北海道(5泊から7泊まで選択可能)は1人1万1099香港ドル(約21万円)から設定されていた。
香港人1人当たりの日本国内での観光支出額は23万4000円で、19年比で52.3%も増加している。シティバンク香港は10月11日、23年6月現在で純資産1000万香港ドル(約1億9000万円)を保有者は40万8000人と発表したが、これは14人に1人という計算になる。その前にはイギリスのデータ会社アルトラタは9月に「世界の超裕福層リポート2023」を発表。22年の時点で3000万米ドル(44億円)以上を保有する超富裕層の数が一番多かった都市も香港で1万2615人だった。
私も香港の富裕層に会ったことがあるが、「層」としての厚みを感じたほか、「銀座ですしを食べるためだけにプライベートジェットで年間3回渡航した」など豊かさの次元が日本とは違うと思ったことが何度もある。彼らの一部が、香港の1人当たりの消費額増加をけん引したことは間違いない。
「クレイジー・リッチ!」
2018年にヒットした映画「クレイジー・リッチ!」はシンガポールを舞台にアジア系の超富裕層の生活実態を描いているが、あのような世界は香港にも実在する。
ある休日、筆者がオープンエアのカフェで昼飯を取っていた時、店の前にフェラーリ、ベンツ、ランボルギーニ、そして最後にテスラが次々に駐車した。ドライバーは全員30代半ばの男性で、ポロシャツに短パンというラフな格好で食事と会話を楽しんでいた。この店は決して料金が高いわけではないが、店の雰囲気や店員のサービスが素晴らしい。つまり、お金だけではない価値あるサービスを提供すれば、富裕層は来店するのだ。値段が高いことと、付加価値が高い商品は100%同義ではない。「付加価値がついて、高くても売れる商品とは何か?」を考えるいい機会でもある。
日本の旅館でのせわしなさを茶化したヒルトンのCMが「日本の伝統をバカにしている」として炎上したが、これは、外資系高級ホテルが日本のおもてなし文化を研究している証拠でもある。逆に日本のホテル側も海外の高級ホテルのサービスを研究し、おもてなし文化と組み合わせれば、海外の富裕層が常連客として視界に入る。
その結果として日本で、「よいモノやサービスは高く売る」ことが常識となれば、企業は賃上げがしやすくなり岸田政権が掲げる経済の好循環に一歩近づける。海外の高級ホテルの怒涛(どとう)の日本進出は、そのけん引役の一つになりそうだ。
(武田信晃〈たけだ・のぶあき〉ジャーナリスト)
週刊エコノミスト2024年1月9日・16日合併号掲載
開業相次ぐ外国資本の高級ホテル 需要けん引するアジアの富裕層=武田信晃