高所得国入りが確実視されるマレーシア 3度の経済政策転換を評価 評者・近藤伸二
『マレーシアに学ぶ経済発展戦略 「中所得国の罠」を克服するヒント』
著者 熊谷聡(アジア経済研究所開発研究センター経済地理研究グループ長) 中村正志(同研究所地域研究センター主任調査研究員)
作品社 2860円
アジアは権威主義的な政治体制の下、経済発展を推し進める「開発独裁」によって目覚ましい成長を遂げてきた。しかし、一定の水準に達した後、さらにステップアップするには、権威主義体制は足かせとなる。「市民的自由の制限は要素投入型の成長戦略には寄与しうるが、生産性の向上やイノベーション能力の開発を阻害する」からだ。
中所得国の段階まで発展しながら、なかなか高所得国入りできない「中所得国の罠(わな)」は、グローバルサウスと呼ばれる新興国の多くに共通する悩みだ。その中で、マレーシアは2020年代半ばに高所得国入りすることが確実視されている。
本書は「日本・韓国・台湾といったエリート国やシンガポールや香港などの都市国家を除けば、欧州以外の国で工業化を通じて高所得国入りを果たすはじめての国」となるマレーシアの経済発展戦略について独自の分析を行っている。中所得国の罠の原因について、「政府の政策立案・実施能力の欠如、あるいは政府が産業高度化政策を実施するインセンティブの欠如にあるのではないか」との視点から、政治の問題に深く踏み込んだ点が目を引く。
マレーシアは、1981年から22年間政権を率いたマハティール首相のリーダーシップによる開発独裁の成功例として語られることが多い。だが、本書によると、70年代から現在までに行われた、①自由放任型から新経済政策へ、②マレー人支援策最優先から経済成長重視へ、③経済成長最優先から分配重視へ──という3度の経済政策転換が的確だったという。そして、「転換を促したのは政治の動きである」と指摘する。
2018年に初の政権交代が実現するまで、マレーシアは統一マレー国民組織(UMNO)による一党支配が続いた。ただし、それまでも競争性の高い選挙が行われ、社会の要請に対して政府が応えざるを得ない状況があった。選挙結果が政策のあり方を規定してきたのである。著者は、マレーシアのここまでの軌跡に「『おおむね成功した』という評価を与えて良いだろう」と合格点を付ける。
一方で、マレーシアは、公的部門の肥大化や製造業の外資依存、行き過ぎたマレー人優遇策など、さまざまな課題を抱えている。近年は短命政権が相次ぎ、不安定な政治情勢に陥っている。高所得国入りを間近に控えたマレーシアが、これらの課題をどのように克服していくのか、長期にわたる経済低迷から抜け出せない日本にも大いに参考になる。
(近藤伸二・ジャーナリスト)
くまがい・さとる 1971年生まれ。主な編著書に『経済地理シミュレーションモデル』などがある。
なかむら・まさし 1968年生まれ。主な著書に『パワーシェアリング 多民族国家マレーシアの経験』など。
週刊エコノミスト2024年1月23日・30日合併号掲載
『マレーシアに学ぶ経済発展戦略 「中所得国の罠」を克服するヒント』 評者・近藤伸二