理解や同情を求めることなく弱者を淡々と描く三宅唱作品 野島孝一
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映画 夜明けのすべて
「夜明けのすべて」は、2022年の映画賞を独占した「ケイコ 目を澄ませて」に続く三宅唱監督の作品だ。「ケイコ」の評価は極めて高かった。例えば第77回毎日映画コンクールでは最高賞の日本映画大賞をはじめ、監督賞、女優主演賞(岸井ゆきの)、撮影賞、録音賞を独占した。
実在する聴覚障害者の女性プロボクサーをモデルに、ストイックに生きる主人公を抑制したタッチで描いた「ケイコ」に寄せられた賛辞は予想を超えるものだった。
その三宅唱監督が、『そして、バトンは渡された』などで知られる作家・瀬尾まいこの小説を映画にしたのがこの作品だ。
PMS(月経前症候群)で、月に1度のイライラを抑えることができない藤沢さん(上白石萌音)は、それが原因で、まともに仕事ができなくなって、大手の会社を退職。光学機械を扱う中小企業に転職する。そこに転勤してきた同僚が山添くん(松村北斗)だった。彼は全然やる気がないらしく、仕事はいいかげんでイライラしていた藤沢さんの怒りをかってしまった。だが、山添くんもパニック障害に悩まされる弱者だった。
この映画は派手さや、けれん味が一切感じられない。ただ町のたたずまいから始まって、登場人物の生活ぶりに至るまで非常にリアルに感じられる。三宅監督のリアリティー重視の姿勢は、「ケイコ」とまったく変わっていない印象だ。
「ケイコ」では下町のボクシングジムで一心不乱にトレーニングに励む主人公の日常が、まるでドキュメンタリー映画のように真実味を帯びていた。だが、必死で生きるヒロインが聴覚障害者であることに対する憐れみや同情は一切描かれなかった。
「夜明けのすべて」は、ありきたり…
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週刊エコノミスト
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