教養・歴史アートな時間

伊藤野枝の短くも数奇な生涯を描いたNHK-BSドラマの再編集版 寺脇研

©風よ あらしよ 2024 ©村山由佳/集英社
©風よ あらしよ 2024 ©村山由佳/集英社

映画 風よ あらしよ 劇場版

 伊藤野枝という名前に見覚え聞き覚えはあっても、その数奇な人生を詳しく知る人は少ないだろう。それをテーマにして、没後100年を前にした2022年にNHK-BSで放送された全3回147分のドラマを127分にダイジェストしたのが、「劇場版」である。

「吹けよ あれよ 風よ あらしよ」

 これが彼女の残した唯一の色紙に記された文句だという。風だけでなく嵐まで望んだあたりに、その激しい気性と強固な意志が表れているかのようだ。1895年に福岡の貧しい家に生まれた野枝は、東京で成功した親族に懇願し、猛勉強して高等女学校へ進むものの、卒業と同時に17歳で親の決めた郷里の名家の息子の相手として結婚を強いられる……。物語は、あの時代にありがちな旧弊極まる場面から幕を開ける。

 婚家から逃亡して東京へ戻り、在学中から互いに憎からず思っていた女学校時代の英語教師の家に転がり込んで同棲(どうせい)生活を始める。子を2人もうけ、正式に再婚しておきながら別の男と恋仲になり、離別して彼と再々婚、こちらでも5人を産み育てた。この間11年で三度の結婚、七度の出産だ。

 大正時代のことである。当然、奔放な愛欲生活と指弾されたが、その面ばかりに気を取られていては野枝の真価はわかるまい。同棲して早々に、創刊宣言の「元始、女性は太陽であった」のフレーズが名高い日本初の女性による女性のための文芸誌『青鞜(せいとう)』に参加し、女性解放運動の最前線で活躍する。さらに、三度目の夫に共鳴して無政府主義の旗を振り社会主義者として名を馳(は)せていく。

 二度目の夫・辻潤は大正末期に一世を風靡(ふうび)した芸術運…

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週刊エコノミスト

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