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「高所得国」目前の中国 問われる政策への信頼感回復 谷村真
中国は遅くとも2028年には世界銀行の基準で「高所得国」に入りそうだ。低所得国から約30年での移行となり、その軌跡は驚異的といえる。
1人あたり国民総所得の増加の大部分は習体制以前の成果
2023年の中国経済を振り返ると、前年のゼロコロナ政策による経済活動停滞からの反動で主にサービス関連の個人消費が伸長し、政府目標の5%成長達成は確実視されている。中国は近年、「高所得国」入り目前で足踏みが続いていたが、世界第2位の経済大国で高所得国となれば、規模と質の両面で経済力を内外に示すことが可能となる。そのため、23年こそは、と期待が高まるのも無理はない。
高所得の定義・分類は、世界銀行の基準に従うことが多い。世銀は融資条件などを判断する目的で、低・中・高所得国の基準を設けており、国内総生産(GDP)に国際収支の第1次所得収支項目(企業や個人が海外でもうけた所得から外国人の国内所得を差し引いたもの)を加えた国民総所得(GNI)を採用し、これを人口で割った1人当たりGNI(PCGNI)を基準としている。
最新の高所得国の閾(しきい)値は1万3845ドルだが、インフレを考慮して閾値は毎年7月に見直される。各国のPCGNIを判断する際は、為替変動の影響を軽減するため、過去3年平均の為替レートを用いて米ドル建てに換算する。中国の22年のPCGNIは1万2850ドルで、高所得国入りまであと1000ドル足らずとなっている。
中国は1990年代末に低所得国から中所得国(閾値760ドル)入りを果たし、19年に1万ドルを突破して以降は、高所得国入りが目前に迫っていた。中国は毎年2月末、前年の国民経済・社会発展統計の中でPCGNIを発表しており、高所得国入りするかどうかが焦点の一つになっている。それでは、23年のPCGNIで中国は高所得国入りするのだろうか。筆者の見立てでは難しそうだ。理由は主に二つある。
理由の一つは、米国の金利上昇や中国の成長見通し悪化などによる人民元安だ。23年は年平均で5%程度の元安となり、ドル換算のGNIを押し下げる。もう一つはデフレである。内需の弱さに加えてエネルギー・食品価格の低下もあり、GDPデフレーターはマイナスとなる見通しで、これも名目のGNIを押し下げる要因となる。この結果、筆者の試算では23年の中国のPCGNIは1万3200ドル程度となる。
標準シナリオでは「26年」
次の問いは、いつ中国が高所得国入りするかだろう。国際通貨基金(IMF)などの予測値を参考に、成長率を4%、インフレ率を2%、為替レートは予測が困難なため変化なし(いずれも年平均)といった前提の標準シナリオで試算すると、26年にPCGNIが1万5000ドル程度となり、高所得国入りする見通しとなった。
また、仮に成長率(標準シナリオからの乖離(かいり)がマイナス1.0ポイント)とインフレ率(同マイナス0.5ポイント)が下振れたり、多少の元安(1ドル=7.2元)になったりしたとしても、28年には高所得に達すると試算され、高所得国入りは中期的には可能とみられる。試算が正しければ、中国は30年ほどで低所得国から高所得国へ移行することになり、まさに特筆に値する。
世銀の国分類で22年と92年の2時点で比較可能な国のうち、22年に高所得と分類された国は74カ国あるが、このうち92年時点で低所得だったのはガイアナのみである。ガイアナは南米の小国で、近年石油資源が発見された例外的な事例であるため、14億人もの人口を抱える超大国で、所得水準を大きく拡大させた中国の高成長は驚異的であったといえよう。
さて、中国が中所得国入りした98年を起点に考えると、前半の15年間でPCGNIは約8倍、後半15年間は標準シナリオで約2.5倍となり、PCGNIの顕著な増加の大部分は13年から始まる習近平体制以前の、江沢民・胡錦濤体制下で達成されている。これは、01年の世界貿易機関(WTO)加盟に代表されるように、鄧小平氏が進めてきた改革開放路線が加速したことに起因する。
この時期には2ケタ成長を記録したことに加え、05年にドルペッグから通貨バスケット制に移行して為替が増価し、ドル換算でみたGNIが膨張した。習体制以前は高成長によって中国共産党の一党体制を正当化してきたが、習主席は成長率が鈍化する現実に直面し、共に豊かになることを示すスローガン「共同富裕」に代表されるように、高成長にこだわらない姿勢を示している。
開催未定の「3中全会」
中国の現在の目標は、21年の全国人民代表大会(国会に相当)で定めた、35年までに1人当たりGDPを「中レベルの先進国並み」に引き上げることである。その水準は3万ドル程度とされ、これを便宜的にGNIで見ると、中国は高所得国入りした後、さらに倍増させる必要がある。ただ、そのためにはインフレ率が年平均2%、為替変動なしの前提で29年以降、成長率を6.5%程度に加速させなければならず、現実的ではない。
中国はすでに22年から人口減社会に突入したほか、資本収益率が逓減し、技術革新のスピードも低下している。現在4%程度と目される潜在成長率の低下スピードをいかに緩やかにするかが課題となる中、内外の中国研究者の間で話題になったのが、米ピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長が『フォリーン・アフェアーズ』誌の23年9月号に寄稿した論文である。
ポーゼン氏は、ゼロコロナ政策導入により国民の経済活動が大きく制約されたこと、また同政策の撤回があまりにも唐突だったことから、政治的課題が経済よりも優先されることが明らかになり、企業や個人の経済政策への信頼感が大きく損なわれたと指摘する。経済用語でいえば、スカーリング(中長期的な後遺症)が生じたというわけだ。
今後の成長の課題は、不動産投資や地方政府のインフラ投資に代わって、何が経済をけん引するのかという点であり、政府は個人消費と民間投資の拡大を期待している。そこで重要となるのが、消費者や起業家のマインド改善だが、市場経済に通じていた故・李克強首相や劉鶴副首相のような司令塔が不在で、経済・金融政策の中国共産党や習主席への集権化が進んでいる。
22年は10月に5年に1度の中国共産党大会が開かれ、習体制は3期目に突入したが、慣例では党大会の1年後に開催されている党の重要会議「3中全会」(党中央委員会第3回全体会議)は23年末時点でも日程が決まっていない。3中全会では長期的な経済運営方針を決めるだけに、今後の経済政策は不透明感が漂っている。海外投資家の見方も厳しさを増す中、信頼感回復につながる政策を打ち出せるかが習体制に問われている。
(谷村真〈たにむら・しん〉国際協力銀行外国審査部シニアエコノミスト)
週刊エコノミスト2024年1月23日・30日合併号掲載
「高所得国」目前で足踏みの中国 問われる政策への信頼感回復=谷村真