経済・企業 ダボス会議
世界経済2024を覆う楽観論の陰に「もしトラ」リスクが潜む 木内登英
スイスのダボスで、世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(通称ダボス会議)が1月15日から19日までの日程で開催された。この会議での議論は、向こう1年の世界経済を占うとされてきた。今回は、経済界からの参加者を中心に、比較的楽観的な議論が目立った模様だ。
物価高騰と大幅利上げの影響などから、欧州の中核国ドイツは2023年にマイナス0.3%とマイナス成長に陥り、けん引役を失った欧州経済全体も低迷を続けている。また中国は、23年にプラス5.2%と辛うじて政府の成長率目標を達成したものの、深刻な不動産不況が続いている。人口減少の影響も加わり、成長率の下振れに歯止めが掛からない状況だ。そうした中でも、世界経済がなお全体としては安定を維持しているのは、米国経済が成長を続けているからである。
インフレ率が着実に低下を続けるなか、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げは打ち止めとなり、24年には利下げ実施の観測が強まっている。そのため、インフレ抑制のために大幅な利上げを余儀なくされ、米国経済が深刻な後退に陥るとのハードランディング懸念は後退している。ダボス会議での世界経済の楽観論を支えているのは、米国経済のソフトランディング(軟着陸)観測だ。
一方、24年の世界の地政学リスクについては、会議では警戒的な議論がなされた。終わりの見えないウクライナとパレスチナの二つの戦乱が国際秩序を揺るがし、商品市況の上昇、金融市場の動揺を通じて、世界経済の強い逆風となることが懸念されている。
ドル安政策も
先進国の間ではウクライナへの支援疲れが確実に広がっており、最大の支援国である米国では、共和党の反対によって、ウクライナへの追加軍事支援の法案が成立する目途が立っていない。
昨年10月に始まったパレスチナ自治区ガザでの戦闘が継続しているが、年明け後にはイエメンの親イラン武装組織フーシ派の軍事拠点に対して、米国と英国は空爆を実施した。中東地域での戦火の広がりは、原油価格の上昇を通じて世界経済の新たな逆風となる。
そして、ダボス会議でいわば陰のテーマとなったのが、今年11月の米大統領選挙で、トランプ前大統領が返り咲く可能性だ。いわゆる「もしトラ(もしトランプが再選されたら……)」の議論である。
仮にトランプ前大統領が再選されれば、ウクライナに対する米国の軍事支援は大幅に後退し、先進国によるウクライナ支援の枠組みは崩れてしまいかねない。それは、ロシアを利するとともに、欧州地域の安全保障上のリスクを一気に高めることになるだろう。また中東地域では、現バイデン政権以上にイスラエル寄りの政策がとられるだろう。それはアラブ諸国の強い反発を招き、戦火の拡大などから中東危機を助長しかねない。
それ以外にもトランプ前大統領が再選された場合の経済政策、いわゆる「トランプノミクス2.0」は、世界経済と金融市場を不安定化させるリスクがある。輸入関税の引き上げで米国の物価高リスクが再燃する、拡張的な財政政策のもとでの財政赤字の一段の拡大から債券市場が不安定化する、国際競争力向上を狙ったドル安政策によってドル安のリスクが高まる、などが大きな懸念である。
このように「もしトラ」には、ダボス会議を包み込んだ24年の世界経済の楽観論を根底から覆してしまう、強い破壊力がある。
(木内登英〈きうち・たかひで〉野村総合研究所、エグゼクティブ・エコノミスト)
週刊エコノミスト2024年2月6日号掲載
2024ダボス会議 世界経済の楽観論の陰に潜む「もしトラ」リスク=木内登英