経済・企業

キオクシアを巡る“亡国”の統合スキームを明かそう 浜田健太郎・編集部

キオクシア四日市工場。足元では市況悪化に苦しむ(2022年10月、三重県四日市市)
キオクシア四日市工場。足元では市況悪化に苦しむ(2022年10月、三重県四日市市)

 今度は虎の子のNANDフラッシュメモリー(長期記録用メモリー)まで米国に売り渡すのか。未遂に終わったNANDフラッシュメモリー世界大手のキオクシアホールディングスを巡る「亡国スキーム」の舞台裏をリポートする。

>>特集「半導体 日本復活の号砲」はこちら

「日本の宝ともいうべき企業が、危うく米国に売り飛ばされるところだった」──。NANDフラッシュメモリー(長期記録用メモリー)世界大手のキオクシアホールディングス(HD、本社・東京都港区)と、ハードディスクドライブ(HDD)とNANDフラッシュを手掛ける米ウエスタン・デジタル(WD)との統合交渉が破談したと昨年10月下旬、報道各社が一斉に報道したことについて、半導体政策に詳しい業界関係者はこう指摘した。

 各報道は、「(キオクシアに4000億円拠出する)韓国半導体大手のSKハイニックスが統合に同意しなかった」「中国の独占禁止法審査で認可される見通しが立たなかった」などと伝えた。しかし、交渉内容に詳しいある関係者は、「どの報道も交渉の実態を正しく報じていない」とこぼす。

 東芝からの独立を目指し、5年前に発足したキオクシアは、度重なる上場延期や、2年越しとなったWDとの統合交渉が頓挫するなど、経営が迷走。メモリー企業の雄はどこでつまずいたのか。

実態は「弱者連合」

 両社は4四半期業績(図1、2)で赤字が続く。不振の遠因は、7年前にさかのぼると両社の事情に詳しい関係者は指摘する。

 東芝は2017年3月期に債務超過に陥り、NANDフラッシュ事業の売却に動いた。一方、三重県四日市市で東芝とNANDフラッシュを共同生産していたWDは、東芝の事業をWDに売却するよう要求。東芝はこれを拒み、両社は訴訟合戦に入った。結局、東芝は、NAND事業を分社した東芝メモリ(現キオクシアHD)を、米投資ファンドのベインキャピタルやSKハイニックスなどが資金拠出した日米韓連合に約2兆円で売却することで合意(17年9月)。東芝とWDは和解した。

 一連の騒動が起きている間に、「(米メモリーメーカーの)マイクロン・テクノロジーがWDから優秀なエンジニアを数百人単位で引き抜き、技術水準を大きく引き上げた」(前出の関係者)という。

 英調査会社インフォーマインテリジェンスの南川明・シニアコンサルティングディレクターは、「サムスン電子、SKハイニックス、マイクロンはDRAM(一時記憶用メモリー)とNANDの両方を手掛けているのに対し、NANDだけのキオクシアとWDは、市況が悪化すると業績が悪化するリスクが高い」と指摘する。今、大ブームが起きている生成AIでは、データ転送速度が速いDRAMが人気で、NANDはブームの脇役に甘んじている。

 また、キオクシアとWDが経営統合したとしても、アップルなど主要顧客が特定サプライヤーのシェア拡大を嫌うため、統合以前のシェアを落とすのは必至だ。「シナジー(相乗効果)よりもディスシナジー(マイナスの相乗効果)のほうが大きい」(前出の関係者)との指摘が聞かれる。

 もともと、キオクシアは、20年秋の東証上場を目指していた。ベインは、キオクシアの資本約9000億円に対して、時価総額1兆6000億円以上で上場を果たしたかったという。しかし、上場前に見積もられた時価総額は1兆5000億円にとどまり、上場は見送られた。

エルピーダの苦い記憶

 その後、21年にキオクシアとWDの統合構想が持ち上がる。WDは16年に東芝と協業していたサンディスクを買収。しかし、統合効果を生み出せず、HDDで世界市場を二分する米シーゲートとWDの株式時価総額は、近年ほぼ拮抗(きっこう)する状況が続いた。株式市場は、WDのフラッシュ事業の価値はゼロに近いと判断しているのだ。

 さらに、WDのフラッシュ事業はある弱みを抱えている。キオクシアとの合弁事業の契約内容だ。2000年に東芝と旧サンディスクは、四日市でフラッシュメモリーの共同生産を行う提携を発表。合弁契約に基づき、キオクシア側が、工場労働者を派遣する「製造サービス提供」などが盛り込まれている。WDのフラッシュ事業は、キオクシアの協力がないと成立しないのだ。合弁契約を更新するかしないかを選択する権利はキオクシアにあり、WDにとっては事業運営上のリスクだ。だが、キオクシアとWDが統合すれば、合弁契約に基づくリスクは消滅する。

 21年の統合交渉では、統合会社は米国企業になることが条件だった。WDは、米国の代表的株価指数であるS&P500の構成銘柄であることがその理由だ。WDが日本国籍の企業になると、株価指数に連動する投資信託の運用対象から外れるため、WDの株価が暴落するリスクがある。キオクシアが日本から飛び出し、統合後に米国籍の米国上場企業になる見返りとして、WD側は、フラッシュ事業をキオクシアに全面的に任せ、統合後の会長や副社長のポストをキオクシア側に割り当てるなどの条件を示したという。

 ところが、この統合案は、経済産業省の当時の幹部が待ったを掛け、実現しなかった。

 経産省はなぜ反対したのか。それはキオクシアが日本の半導体産業においても特別な存在だからだ。1987年に東芝はNANDフラッシュメモリーを発明し、重要度の高い基本特許の厚みにおいてキオクシアは世界で圧倒的な存在だ。そのキオクシアが米国企業になり、仮に倒産して米国の倒産法制で処理され、米国企業が新たなスポンサーになれば、キオクシアが持つ特許群はすべて米国に帰属することになる。

「倒産」はあくまで仮定ではあるが、日本政府や半導体関係者の間には苦い記憶がある。いまから12年前に会社更生法適用を申請して倒産したDRAM大手の旧エルピーダメモリのことだ。市況悪化に加えて、1ドル=70円台で推移した超円高に直撃されエルピーダは倒産。その後、マイクロンに買収された。日本がかつて「DRAM王国」だった遺産を引き継いだエルピーダが米企業になったことで、DRAMに関する豊富な特許群のすべてが日本から失われた。21年にWDとの統合に待ったを掛けた経産省幹部は、エルピーダの教訓が脳裏をかすめたに違いない。

 WDの統合問題は23年に再燃する。今度は、WDがフラッシュ事業を分離し、分離したWDフラッシュ部門とキオクシアが統合する案が提案された。WDに出資するエリオットとアポロの米アクティビスト・ファンドはかねて、HDD事業とフラッシュ事業の分離を要求。WDが実現に動いた。

 キオクシアとWDのフラッシュ事業の統合は、子会社化や事業分離する際に税金がかからないようにする「タックスフリースピンオフ」を通じて行われ、米ナスダック市場に上場を目指すというものだ。

 登記上は米国に本社を置き、実質的な本社は日本に置く。キオクシア63%対WD37%の評価だった統合比率も調整し、統合で発足する持ち株会社には、WD側株主が50.1%、キオクシア側が49.9%を出資。取締役会はキオクシア側が過半を出す案だった。統合比率の調整は、ベインなどキオクシア側の株主に特別配当を支払うことで行う。

 キオクシアに2120億円出資したベインには、統合賛同への特別な配慮も提示された。統合の最大の障害になりそうな中国の独禁法審査で認可が下りない場合は、WDがベインに金銭補填(ほてん)を行うというもの。事情に詳しい関係者によると金額は1600億円相当に上る。米国企業になって報酬の大幅増を提示されたとみられる一部のキオクシア役員が、統合を積極的に推し進めたともされる。

米政府高官の介入

エマニュエル駐日米大使。キオクシアとWDの統合を日本側に促した(2023年6月首相官邸)
エマニュエル駐日米大使。キオクシアとWDの統合を日本側に促した(2023年6月首相官邸)

 統合交渉には米政府高官も介入した。レモンド米商務長官、エマニュエル駐日米大使らが、統合を働き掛けたと複数の関係者は証言する。その意向を受けて、西村康稔前経済産業相(昨年12月辞任)とごく一部の経産省幹部が調整に動いた。なぜ米政府が日米民間企業の統合に介入するのか。背景には半導体を巡る地政学リスクの高まりがある。

 前出の事情に詳しい関係者は、「TSMC(台湾積体電路製造)は、いずれ『中国企業』になるリスクがある。韓国企業も、『アメリカか中国か』と迫られれば、中国を選ぶかもしれない。日本の半導体産業には離反を許さないという、米国の強固な意向があるのだろう」との見方を示す。

 米国からの圧力が影響したのか、ある経産省幹部は昨年秋に、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3メガ銀行幹部を呼び、統合の必要資金の融資(1.9兆円)を実行するよう強く促したという。融資額のうち3分の1相当は、米銀によるWDへの融資の肩代わりに充てる内容だった。3メガ銀側が肩代わりには難色を示したが、経産省幹部は同意を強く求めたという。3メガ銀は高金利を条件に肩代わり案をのんだが、統合は破談し融資は実行されなかった。

 破談の直接の引き金は、中国の独禁法審査で認可されるめどが付かなかったことに加え、SKハイニックスが同意しなかったことだ。だが、ある関係者は、「納得できる誠意ある説明を受けていないのに、同意できるはずもない」と憤りを隠さない。

 SKハイニックスは、17年に4000億円の資金拠出に同意した際に、潜在的に15%までの出資比率を確保したが、それ以上は比率を上げられない制約がついた。比率を低く抑えることで、中国の独禁法審査を容易にして、早期に東芝メモリの売却資金を手にしたかった東芝にSKが配慮したのだ。

 ただ、SK側は単なる善意で資金拠出したわけではない。フラッシュ事業でキオクシアと協業して、成果を上げることを狙ったのは当然のことだ。キオクシアに資金拠出後、SKはフラッシュ事業に関する20回以上もの協業の提案を行ってきたが、「ことごとく断られてきた」(関係者)という。

 SKハイニックスは、AI用GPU(画像処理半導体)の周辺に大量に搭載されるデータ転送速度の速いDRAMである「ハイバンドメモリー(広帯域メモリー)」が好調で、株価も過去1年間で急上昇。1月25日発表の23年10~12月期決算では、5四半期ぶりに黒字を確保した。半導体政策に詳しい業界関係者は、「キオクシアはSKハイニックスと協業するほうが、効果がある」と指摘している。

(浜田健太郎〈はまだ・けんたろう〉編集部)


週刊エコノミスト2024年2月13日号掲載

半導体 迷走キオクシア 「エルピーダの米身売り」を彷彿 土壇場で回避された「亡国スキーム」=浜田健太郎

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