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国際・政治 外交

「自由で開かれたインド太平洋」構想が抱える貿易円滑化の穴 鈴木洋之

2023年11月に米フランシスコで開かれたインド太平洋経済枠組み(IPEF)の閣僚会合。貿易円滑化の合意はなお課題となっている
2023年11月に米フランシスコで開かれたインド太平洋経済枠組み(IPEF)の閣僚会合。貿易円滑化の合意はなお課題となっている

 日本が外交の柱に掲げる「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」。日本発で国際社会に広がった構想は、今どうなっているのか。

関係国連携による統合抑止にとどまらず社会課題解決も

 ニュースなどでよく聞くようになった「インド太平洋」という用語は、安倍晋三政権で提唱され、国際社会に急速に広がった。日本発の外交用語が国際的潮流にまで発展した事例は珍しい。

 安倍元首相がFOIPを提唱したのは2016年。「法の支配」の下、太平洋とインド洋を結ぶ地域がともに成長することを目指した構想だ。

 この動きに、まず呼応したのは米国だった。17年11月、当時のトランプ大統領が、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、米国のFOIPを発表。太平洋とインド洋をつなげて一つの地域として捉えるという地政学的ナラティブ(物語)が米国の国益に合致したことが背景にある。米国は、21年の政権交代後も、バイデン政権がこの外交構想を承継し、発展させている。

 この米国の動きを捉え、その後、ASEANや欧州主要国、カナダなども、インド太平洋に関する外交方針を発表するなど、インド太平洋は多くの国・地域を引き付ける(図)。米中間の戦略的競争が激化する中で、南シナ海を巡る動きや、経済安全保障上の国際問題がクローズアップされ、各国において、米中間の紛争の「抑止」と「安定」の双方を志向する動きが加速した。

中国の抑止目指す米国

 インド太平洋は、インド洋と太平洋にまたがる広大な地域であるが故、さまざまな国・民族・文化がひしめき合う。米国は18年、これまでの「太平洋軍」を「インド太平洋軍」に名称変更し、同地域の安全保障体制を進化させている。しかし、広大な地域を従来型の軍事パワー中心のアプローチのみによることは難しく、米国は、統合抑止の安全保障戦略を同時に発展させている。

 統合抑止とは、①外交、②情報、③軍事、④経済を総動員し、同盟国などと一丸となって抑止力を働かせる概念で、22年10月に発表された米国の国家防衛戦略に盛り込まれている。バイデン政権は、同年2月に発表したインド太平洋戦略でも、中国の抑止を最重要と位置づけ、「統合抑止力」が基礎になると強調している。米国は、インド太平洋と統合抑止をセットで考えている。

 インド太平洋を巡るもう一つの注目すべき動きは、「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の進展だ。IPEFはバイデン大統領が22年5月に創設を表明した新たな経済圏構想で、日米やインド、東南アジアなど14カ国が参加する。

 IPEFは当初、米国が離脱した経済連携協定である環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を補う新しい形の経済枠組みとして期待された一方、関税削減といった市場アクセスが含まれないことから悲観的な見方が大半であった。しかし、昨年11月のIPEF首脳会合に合わせ、①供給網強化、②貿易円滑化、③クリーン経済、④公正な経済の4分野の柱のうち、①についてはIPEFサプライチェーン協定が署名され、③と④も実質妥結という進展をみせた。

 当初、ここまでの成果を予想する人も少なく、この進展はある意味驚きでもあった。だが、②の貿易円滑化の合意が課題となっており、統合抑止の経済ピースは大きな穴を抱えている。

 日本政府も、FOIPを進化させている。まず、22年12月、特にインド太平洋地域の安定した安全保障環境の創出を念頭に、開発途上国の経済社会開発を目的とする政府開発援助(ODA)に加え、同志国の安全保障上のニーズに応え、軍などが受益者となる、資機材供与やインフラ整備等を行う新たな資金協力の枠組みとして、政府安全保障能力強化支援(OSA)を導入。そして、OSAを活用し、昨年12月の日ASEAN特別首脳会議に、マレーシアへの警戒監視用機材、フィリピンへの沿岸監視レーダー供与を進めることを発表している。

 日本政府は、昨年3月には、①平和の原則と繁栄のルール、②インド太平洋流の課題対処、③多層的な連結性、④「海」から「空」へ広がる安全保障・安全利用の取り組みの四つを柱とする「FOIPの新たなプラン」も発表している。従来型の途上国支援に加え、民間資金動員の重要性が強調されている点が特徴であり、前述のIPEFが抱える課題である、経済の「穴」をどう埋めるか、官民協調が24年の鍵となる。

省エネ、通信で貢献を

 インド太平洋は、中国の一帯一路(BRI)への対抗という見方もされるが、BRIも提唱から10年を経て、「債務のわな」を生むという国際批判にさらされている。直近ではイタリアがBRIからの離脱を表明した。更に、中国の国内経済も正念場を迎える中、これまで進めてきたBRIの動きも鈍化せざるを得なくなっており、新興・途上国向け支援のグローバルな連携強化の重要性がますます高まっている。

 こうした中、日本発祥の「インド太平洋」をさらに進化させるため、以下のような取り組みが重要になるだろう。

 まずは、インド太平洋の関係国が抱える社会課題を解決するようなソリューションを積極的に提供すること。省エネや通信・デジタルなど、日本企業の技術力で貢献できる分野は多い。「援助する側」「援助される側」という関係から、パートナーとして付き合う関係へとシフトする重要性も増しており、現地のニーズに対して官民の関係機関を総動員して対応することが求められている。バリューチェーン全体を見渡し、資源の確保から製品の製造に至るまで、全体でどのような結びつきがあるのかを考える視点も必要だ。

 一方で、“オールジャパン”に固執せず、他国企業や公的機関、国際機関も巻き込みながら「プラットフォーマー」のような存在を目指していきたい。長期間にわたる民間ビジネスのリスクコントロールにもつながるだろう。

 24年は、インド太平洋地域でも「選挙イヤー」となる。1月の台湾総統選、2月のインドネシア大統領選に続き、韓国総選挙、インド総選挙、そして、11月には米大統領選を迎え、政治面での不安定要素を抱える。そうした中で、安定した日本の取り組み、とりわけ経済分野への強化に期待が高まっている。共創の精神のもと、インド太平洋からの期待に応える行動力を示すべきだ。それこそが日本が示す24年の「インド太平洋」の進化となるはずだ。

(鈴木洋之〈すずき・ひろゆき〉国際協力銀行経営企画部次長、前ワシントン事務所首席駐在員)


週刊エコノミスト2024年2月13日号掲載

貿易円滑化の穴抱える「インド太平洋」 関係国の社会課題解決し連携強化を=鈴木洋之

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