濃密な“血湧き肉躍る武者修行”を恐れを知らぬ冒険精神で映画化 芝山幹郎
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映画 哀れなるものたち
堪能した。肉や野菜に絡んだソースの味が絶妙で、パンで皿を拭き取りたくなるような衝動さえ覚える。
「哀れなるものたち」(2023年)は、濃密で、血湧き肉躍る映画だ。一見したところはひとりの女の成長物語だが、むしろ「武者修行」と呼びたい。
主人公のベラ(エマ・ストーン)は、胎児を身ごもった状態で橋の上から投身自殺を試みる。河に浮かんでいた死体を拾い上げて蘇生させたのは、ゴッドこと外科医のゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)だ。時代は19世紀後半。
外科医はベラの頭に、彼女が孕(はら)んでいた胎児の脳を移植する。明らかにマッド・サイエンティストの発想だ。〈フランケンシュタイン〉をつい連想する。
つまりベラは、もとの若い肉体に新たな頭脳を与えられ、嬰児(えいじ)の状態から人生をリスタートさせたわけだ。するとこの先、なにが起こるか。歩行や発語さえおぼつかないベラの肉体と精神は、どう変化していくのか。
ここからが、監督ヨルゴス・ランティモスの腕の見せどころだ、同時に、主演女優エマ・ストーンの、作品に対するコミットメントの度合も気にかかる。挺身の度合が半端ならば大げさな作り話にとどまるが、全身全霊でコミットしていけば、恐るべき映画が観客の眼前で立ち上がる可能性がある。
ストーンは、身体を張った。ランティモスは、美術や衣裳や撮影の力を総動員して、圧倒的な虚構を作り上げた。恐れを知らぬ両者のエネルギーが融合し、ついぞ見たことのない映像や演技が激しく乱反射する冒険譚が出現した。
感想を述べる前に、話の概略をもう少し紹介しておこう。
ゴッドはベラを養女に迎え、教え子の…
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週刊エコノミスト
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