国際・政治

ビットコインは法定通貨になれるのか エルサルバドルなど法定化するも“実験”どまり 松井謙一郎

エルサルバドルの首都サンサルバドルでビットコインの使用に反対する看板の横を歩く親子。法定化から2年以上だが浸透していない(NurPhoto=共同)
エルサルバドルの首都サンサルバドルでビットコインの使用に反対する看板の横を歩く親子。法定化から2年以上だが浸透していない(NurPhoto=共同)

 ビットコイン法定通貨化の動きは政治的な思惑の影響が大きく、一般国民の通貨としての利用には程遠い状況にある。

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 中米エルサルバドルが2021年9月、暗号資産(仮想通貨)のビットコインを法定通貨とする法令を世界で初めて施行し、暗号資産活用の画期的動きと注目された。翌年には同じ中米ホンジュラスでも、経済特区「プロスペラ」に限り採用された。金融のデジタル化が進む中、新興国に限らず、新しい通貨利用の模索は世界的潮流だ。ただし、中南米の通貨制度の背景から見ると、極めて限定的な意義しかなく、実験の域を出ない。

 エルサルバドルでは、国際通貨基金や世界銀行などの国際機関が反対の旨を表明し、国内の世論調査でも多くの反対の声が上がり、導入後には混乱も起きている。経済面から見れば①使える場所が限定的、②価値の変動リスクが高く、使い勝手も悪い、③通貨制度の根幹は既存の法定通貨「米ドル」でまったく揺らがない──ために、国民生活への浸透は容易ではないだろう。

 では、なぜ導入されたのか。同国では01年より「ドル化」(自国通貨を廃止して米ドルのみを法定通貨化)を実施している。中南米地域の通貨制度選択においては、自国通貨と米ドルの対立軸がある。政治的に見ると左派(自国通貨を維持し、柔軟な金融政策を目指す)と右派(米ドルを軸として、ハイパーインフレなどを起こさないよう規律を維持する)との対立構造と重なる。

 特に、エルサルバドルでは極右(ビジネス界や富裕層によるドル化支持)と極左(低所得層によるドル化否定)の両極端な対立が続き、極右が与党だったタイミングで自国通貨が廃止された。その後、極左が政権を取っても、廃止にまで至っていたために、元に戻せなかった。そんな中、政治対立構造に変化が生じ、2大政党以外の出身のブケレ大統領の政権が19年に発足する。

通貨でも第三極

 そして、通貨制度についても米ドルや自国通貨以外の新通貨という第三の極が登場し、「ドル化体制の変更には至らないが、通貨のデジタル化を推進する」という、これまでの選択とは異なる文脈で、ビットコインの法定通貨化が実施されたと考えられる。

 ビットコインに課題は多いとはいえ、貧困や差別のために金融サービスから取り残された人々にとって、銀行口座を介さずスマートフォンさえあれば決済可能というのは、新たな金融サービスを享受できる機会となろう。また、同国では海外への出稼ぎ労働者が多い。送金業者による手数料(中抜き)が2割に上ることも少なくなく、送金での活用に一定のニーズはあるだろう。

 ただし、ビットコインはそれにしても、誕生時に比べて価格が高騰しすぎており、乱高下の幅も大きい。中央集権的な金融システムに頼ることなく、ネットワーク参加者が分散的に管理する仕組みや、創業者の思いは素晴らしい。だが、結果は投機の場となっており、一般市民が通貨として使うのは現実的でない。

 一定の意義を見いだすとすれば、世界的に自国通貨と暗号資産との関係が問われる中、暗号資産の積極活用を問題提起する機会になった、とはいえる。ただし、通貨制度の動向を考える上で、こと中南米においては歴史的に自国政府や自国通貨への不信感が根強く存在しているという、地域特有の事情も忘れてはいけない。

(松井謙一郎〈まつい・けんいちろう〉拓殖大学政経学部教授)


週刊エコノミスト2024年2月20・27日合併号掲載

金&暗号資産 法定通貨化 エルサルバドルなど採用も「実験の域」どまりの限界=松井謙一郎

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