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価格高騰でも金小売り活況 暗号資産取引の裾野も拡大 谷道健太/荒木涼子・編集部

 年明け早々、東京都渋谷区の百貨店、新宿高島屋。入り口のディスプレー前で人々が撮影していたのは、金色に輝く『北斗の拳』のキャラクターの立像だった。脇には金製品の展示販売会「大黄金展」の看板。会場では販売員が鳴らした純金仏具「おりん」の音色が響き、小判売り場で支払いを済ませた客に販売員が礼を口にしていた。

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 主催した金製品販売大手SGC(東京)の土屋健吾氏によると、新宿高島屋と松坂屋名古屋店、広島三越の1月開催分を合わせた売上高は前年同月比で2割増。「売れ筋は1枚20万~30万円の小判や一つ50万~100万円の干支(えと)の置き物、一つ300万~1000万円の仏像や仏具」という。小判は子どもや孫へのお年玉や卒業祝いとして贈る人が多いようだ。

 昨年8月29日、円建て金価格は初めて税込みでは1グラム=1万円を突破した。過去10年間で約2.3倍に高騰。それだけ上がったのに売上高が増えたのはなぜか。土屋氏は「ウクライナ戦争が解決しない中でイスラエル・ガザ戦争が起き、安全資産の金に資金を振り向けたいという需要が高まっていることが背景にある」と指摘する。

昨年12月に最高値記録

 貴金属商大手の田中貴金属工業でも似た傾向のようだ。加藤英一郎貴金属リテール部長によれば、昨年8月の1万円超えから1週間ほどは売却客が増えたというが、「9月28日に1万円を割り込むと売却客が大きく減る一方、購入客が増えた」。購入客と売却客の比率は平均して55対45と、購入客のほうが多いという。同社が発表する税抜き小売価格はその後も上昇し、昨年12月4日には1グラム=9935円の最高値を付けた。

 三菱マテリアル貴金属部の横山公成副部長も「昨年3月以降、購入客が売却客より多い状況は変わっていない」と説明する。毎月定額で金を購入する「純金積立」を契約する法人客の購入額が特に多くなっているという。

 株式評論家の山本伸氏(61)は約30年ほど前、純金積立を始めた。1990年代後半には金価格が低迷して含み損が膨らんだ時期もあったが、新型コロナウイルスの世界大流行が始まった20年ごろから上昇ピッチを強めた。「安い時期もずっと積み立てをやめず、一度も売らなかった。結果として含み益がかなり膨らんだ」と言う。

 金価格が大きく上昇したとはいえ、過去20年では約3.2倍に膨らんだ日経平均株価を下回る。その間、得られた配当を加えれば両者の差はさらに広がる。しかし、コロナ禍や紛争など株価が大きく下がる状況でも、金価格は上昇して高値を保ち続けている。山本氏は「金はいざという時の保険という位置づけで、たくわえたことに安心感を覚えている」と話す。

メルカリが「襲来」

 金価格をはるかに上回るペースで高騰しているのが暗号資産だ。代表的な暗号資産ビットコインは昨年末、1BTC(ビットコインの単位)=約591万円と、22年末比で約2.7倍だ。さらなる高騰が予測される中、最近広がるのが、電子マネーや、商品購入時などに付与されるポイントを使ったビットコイン取引サービスだ。

 特に、メルカリが23年3月に始めたフリーマーケットアプリ内での取引サービスは、暗号資産業界で「メルカリの襲来」とも言われるほどの話題に。サービス開始から瞬く間に利用者が増え、10月には100万人を突破した。取引サービスを提供するメルカリ子会社メルコインの中村奎太・最高経営責任者(CEO)でさえ「想像以上の早さで達成した」と驚く。

 日本暗号資産取引業協会の統計によれば、23年末時点で約880万に上る暗号資産を取引するための口座数は、3~9月で一気に約136万口座増えた。ビットコインの売買はフリマと同じアプリ内でできるのが特徴で、初めて暗号資産を取引する利用者が全体の8割という。本人確認が完了していれば、開始までの手続きが最短30秒で終わるなど、取引のハードルを引き下げたといえそうだ。

 一方、商品購入時のポイント還元を利用した取引で注目されるのが、楽天グループの暗号資産交換業者「楽天ウォレット」が19年12月から展開する暗号資産取引だ。大規模な「ポイント経済圏」を構築する大手ネット通販グループでは国内初の取り組みとなる。1ポイント=1円相当で普段の買い物に使える楽天ポイントを、暗号資産取引でも、最低100ポイント分から交換可能だ。

目減りする通貨価値

 取り扱う暗号資産はビットコインとイーサリアム、ビットコインキャッシュの3銘柄だが、今後はさらに種類を増やすことも検討するという。同社の小林勉マーケティング部長は「値動きが激しいことで知られる暗号資産だが、まずはポイントで気軽に投資を体験してもらえれば」と話す。金融庁は暗号資産について「必ずしも裏付けとなる資産を持つものではない」などと注意喚起するが、着実に取引の裾野は広がる。

 ユーザー数が国内最大の暗号資産交換業者コインチェックの竹ケ原圭吾CFO(最高財務責任者)は「日本では、個人の暗号資産投資家はひとまず買ってみてしばらく放置するパターンと、売買して利益を伸ばそうとするパターンに分かれる。米国での盛り上がりによる高騰から遅れて広がるのも特徴で、(日本での個人の暗号資産取引が増えるのは)これから」とみる。

 そもそもなぜビットコインは上がり続けるのか。国内最大の取引量を持つ暗号資産交換業者ビットバンクの広末紀之社長は、「プログラムによる発行上限(2100万枚)のために希少性がある上、世界の主要国で債務が増えて法定通貨の価値が下がっており、構造的に上がる以外の要素はない」と指摘。「最初に生まれた暗号資産のビットコインは、デジタル時代の価値の根源だ」と話す。

 10年前の14年2月は1ドル=101円だったドル・円相場だが、昨年11月には一時151円台を付けるなど米ドルに対して大きく円安が進行した。しかし、米ドル建ての金価格(ニューヨーク金先物)も昨年12月、一時1トロイオンス=2152ドルの最高値を付け、ビットコイン価格も足元で1BTC=4万2000ドル超で推移する。金や暗号資産価格の高騰は、目減りする通貨の価値の裏返しでもある。

(谷道健太/荒木涼子・編集部)


週刊エコノミスト2024年2月20・27日合併号掲載

金&暗号資産 価格高騰でも金小売り活況 暗号資産取引の裾野も拡大=谷道健太/荒木涼子

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