“もしトラ”で弱体化する中国包囲網 対米一辺倒のままでは孤立する日本 武田淳
トランプ氏復活の影響は外交面でより大きい。対米追従の日本ははしごを外され、外交・経済面で窮地に陥る恐れもある。
米大統領選は再び「バイデン対トランプ」の構図となる可能性が高まり、トランプ氏優勢を示す世論調査もある。実際にトランプ氏復帰となった場合、内外経済にどのような影響があるのか。
まず、米国の経済政策は、共和党政権になるので「小さな政府」に向かうとみるのが通常である。実際に前回のトランプ政権は、法人税率引き下げを柱とする「トランプ減税」を実施、一方で医療保険制度改革(オバマケア)の廃止による支出削減を目指した。結局はオバマケア廃止には至らず、ただ減税で財政が悪化するに終わった。トランプ政権はインフラ投資にも積極的だったため、現実は「小さな政府」ではなく、支出抑制がおろそかになり財政が悪化する可能性が高いだろう。
トランプ氏が掲げる米国優先主義の悪影響も懸念される。現在、米国の労働市場は失業率が4%を下回り需給は逼迫(ひっぱく)(図1)、雇用拡大を続けるためには労働力の底上げが不可欠であるが、トランプ氏は移民受け入れに否定的である。トランプ氏は国内産業を保護するため輸入関税の引き上げを常とう手段としたが、雇用を拡大し生産力を高めなければ、ただ国内物価を上昇させるだけである。前回のトランプ政権が強化した対米投資規制も国内の生産力拡大を妨げ、インフレリスクを高める。
インド太平洋枠組みから離脱
自国優先主義の影響は、外交面でより大きい。バイデン政権は、G7(主要7カ国)など同盟国や民主主義の価値観を共有する国々との連携を重視し、方針を共有しながら物事を進めてきた。トランプ政権になれば、同盟国にも容赦なく高い関税をかけ、国際的な公約を簡単にほごにすることは、前回の経験から容易に想像できる。すでにトランプ氏は、経済安全保障の観点で中国を意識した連携協定であるインド太平洋経済枠組み(IPEF)の破棄やパリ協定からの再離脱を示唆している。
対中政策については、中国からの輸入品に一律60%の関税を課す方針を示唆するなど強硬姿勢は維持している。ただ、同盟国との連携を弱める外交政策を展開すれば、バイデン政権が構築した中国包囲網は弱体化するだろう。欧州連合(EU)は、彼らが今後の経済成長の柱に据える脱炭素への取り組みに米国が賛同したからこそ、G7による対中包囲網の形成に協力したはずである。また、IPEFの破棄は、政権交代で中国との対話が再開した豪州だけでなく、中国と距離を取り始めた韓国の対中戦略にも影響を与えよう。
東南アジアや南米、中東、アフリカなどグローバルサウスとの関係も気になるところである。現在、グローバルサウスを巡っては、中国とロシアが連携して西側諸国の価値観に基づく世界秩序を批判、経済・軍事面での支援をテコに取り込みを図り、それに対抗する形でG7を中心に米欧が資金・技術面での支援強化で巻き返そうとする構図だと考えられる。トランプ氏のグローバルサウスに対する姿勢は不明であるが、その自国優先志向は中露連合に対抗する勢力形成を望まず、結果として中露を利することになるかもしれない。
地政学的リスクの高まりも懸念される。トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)加盟国に対して十分に軍事費を負担しなければ防衛しないとし、NATO離脱まで検討しているとされる。ウクライナへの軍事的支援にも否定的だ。これらが現実となれば、ウクライナは劣勢でロシアとの停戦を迫られ、米欧の亀裂は決定的となり、欧州とロシアとの緊張は一段と高まろう。
イスラエルとパレスチナに関しては、2020年1月にトランプ氏が両者の共存を認める「2国家解決」の和平案を示しているが、その内容は極端なイスラエル寄りで現実的ではない。イスラエルが気を使う唯一の国ともいえる米国がそうした考えを持てば、イスラエルとアラブ諸国の和平が進展することは困難であろう。
欧州と中国が再接近
東アジアにおいても、トランプ政権となれば日本や韓国、台湾に多額の安全保障コストの負担を求めてくる可能性が高い。トランプ氏は「台湾はわれわれの半導体事業の全てを奪った」と明言しており、台湾有事に備えるための軍事力支援において厳しいディールを持ちかけるだろう。
以上に述べたトランプ・リスクは、中東の緊張を高め原油価格の再高騰につながるほか、欧州が米国と距離を置き中国と再接近する可能性を否定できない。その結果、中国依存を弱める狙いで、米欧日韓など同盟国間での連携強化を模索していたサプライチェーン再構築は見直しを迫られよう。
産油国である米国にとって、原油価格上昇の影響は限定的であるが、労働力不足や輸入コスト増、対米投資減少により成長力が低下し物価が上昇、スタグフレーション・リスクに直面しよう。世界全体で見ても、不透明感の高まりが投資を抑制させるほか、米欧の決別で中露のグローバルサウス取り込み合戦は解消、新興国への投資増・成長加速という期待も後退する。金融市場では、米国の財政収支悪化、対米投資の減少により、バイデン政権期の米国経済独り勝ちを象徴するドル高傾向(図2)、米国中心のモノやカネの流れは分散し、ドル安圧力が強まろう。
こうした中で日本は、保護主義や円高・ドル安で対米輸出を伸ばせず、対中輸出は中国内で存在感を高める欧州勢に機会を奪われ劣勢となろう。東南アジアなどグローバルサウスの取り込みにおいても、包囲網を解かれ息を吹き返した中国に後れを取り、日本製鉄によるUSスチール買収の難航が懸念されるように対米投資も思うにまかせず、ビジネス拡大のための対外投資が進まない恐れもある。
そうなる前に日本としては、米国最優先の方針は維持しつつも、こうしたトランプ・リスクを緩和する手段を用意しておく必要がある。対中戦略においては、米国の威を借りた対立ではなく、韓国や豪州など他国とも連携し交渉力を高めて対等な関係を確保し、中国市場での存在感の維持や第三国での協力を目指すべきであろう。
(武田淳〈たけだ・あつし〉伊藤忠総研チーフエコノミスト)
週刊エコノミスト2024年3月12日号掲載
トランプ再び 日本の針路 トランプ復活で中国包囲網は崩壊 「対米一辺倒」が一転、リスクに=武田淳