国家も市場も救えない課題の解決をESS(社会的連帯経済)に期待 評者・藤好陽太郎
『自治と連帯のエコノミー』
著者 ロベール・ボワイエ(米州研究所〈パリ〉エコノミスト) 訳者 山田鋭夫
藤原書店 2860円
「国家」も「市場(企業)」も救うことができず、そのはざまで苦しむ人々の「社会的紐帯(ちゅうたい)」をどう守り、彼らの能力をどう生かすかが本著の問いである。
国家は官僚主義でしばしば機械的な対応しかできない。逆に市場が強くなると「不平等と排除を生み出」し、社会は危機に陥る。本書は国家も市場も「克服しようとしないような諸問題について、緩衝材的役割」を演じてきたESS(社会的連帯経済)の歴史的な経緯と将来の役割を詳述する。
戦後の国家と市場を概観すると、ESSの重要性が腑(ふ)に落ちる。“ゆりかごから墓場まで”の英アトリー政権に象徴されるように国家は戦後、福祉や雇用を支えた。だが、成長はやがて鈍化し、米英は新自由主義的な経済政策を導入。小さな政府の登場で、主役は市場に移る。
新自由主義政策で成長は高まったが、金融の革新はリーマン・ショックなど金融危機と深刻な格差をもたらした。今や世界上位1%の超富裕層の資産は、世界の個人資産全体の約4割に上る。日本でも例えばひとり親家庭の半数は相対的貧困に沈む。
ESSは協同組合や共済組合、非営利団体、財団などさまざまな形を取り、小回りを利かせて市民を救うイノベーションの場でもあるという。一方、コロナ禍などで世界的危機に陥ると国家が前面に出てくるため、ESSは「第二級のオルタナティブ」になる弱みも持つ。
欧州ではESSの存在感が大きい。例えば英国には町ごとに、市民の寄付による本や小物を販売する国際NGOオックスファムの店舗があり、世界の貧困の克服を主導している。記者時代に評者が担当した2005年の英グレンイーグルス・サミット(主要国首脳会議)ではアフリカの債務削減で非常な力を発揮した。欧州のESSは国家に政策の変更を迫り、市場抑制力を有する。
市民社会が根付く欧州と単純に比較できないが、日本の現状はどうか。オックスファムで活躍し、現在デロイトトーマツコンサルティングに勤務する山田太雲さんに聞くと、子ども食堂の急増など日本のボランティアの現場力を評価。そのうえで国家や市場にモノ申し、ルールメーキングに関わる必要性を指摘する。
著者はESSの限界を認めつつも、人間労働が「利潤追求衝動のもとでの富の蓄積」ではなく、福祉や教育、環境に割り当てられ、それに伴いESSも繁栄する未来に希望を託す。日本の経済社会を考えるうえでも大きなヒントになりそうだ。
(藤好陽太郎・追手門学院大学教授)
Robert Boyer 1943年生まれ。パリ理工科大学校(エコール・ポリテクニック)卒業後、仏財務省研究員、国立科学研究所教授などを歴任。「レギュラシオン」理論の旗手。『レギュラシオン理論』『作られた不平等』など著書多数。
週刊エコノミスト2024年3月19・26日合併号掲載
『自治と連帯のエコノミー』 評者・藤好陽太郎