教養・歴史書評

“なぜ景気は循環する?”という古い問いへの新しい答えを分かりやすく解説 評者・土居丈朗

『マクロ経済動学 景気循環の起源の解明』

著者 楡井誠(東京大学大学院教授)

有斐閣 3300円

 コロナ禍が終わりに近づき、経済は再び景気循環が起きようとしている。本書では、景気はなぜ変動するのかという古い問いに新しい答えを示している。研究の最前線で業績を上げる著者が、経済学における最新の景気循環論について講じている。

「景気は気から」というように、人々が突如熱を帯びてブームが巻き起こり、それが覚めると潮が引いたようになくなってゆくという気まぐれな感情の抑揚によって景気の波を捉える向きがある。それに対し著者は、マクロ経済がまるで物理法則が支配しているかのごとく、法則性をもって景気が変動すると捉える。

 マクロ経済学の標準的な教科書では、GDP(国内総生産)がどうすれば増えるかは教えるが、どうして増えたり減ったり循環するかまではあまり教えない。経済成長の起源については詳しいが、景気循環の起源については詳しくないのである。

 本書の特徴は、景気循環の起源に迫る最新理論に触れることができる点である。しかも、著者独自の視点で、最新理論の核心をわかりやすく解説している。

 経済学的論理に基づくと、経済変動の原因は、同調性と離散性にあるという。多くの人々が経済活動を営むマクロ経済において、それぞれの行動が他者に与える影響は、無視できない程度に大きい。だから、他人の影響を受けた経済活動が次々と伝播(でんぱ)し、同調現象が起きる。しかし、その影響力は、皆が同調してしまうほどには強すぎない。それがマクロ経済で起きている。著者は、この経済現象をウイルス感染に例える。

 もう一つは、経済活動には、投資や消費をするかしないかというように、0か1かという離散性もある。これまで全くしていなかったのに、突然行動を起こすということで、経済的に大きな変化を引き起こす。

 そして、本書のクライマックスの一つが、冪乗則(べきじょうそく)(統計理論の一つ)である。その帰結は、例えば上位10%の高所得者が所得全体の過半を稼ぐとか、1%弱の大企業が付加価値の半分弱を生み出すなど、少数の者で多数を制するという現象である。すると、少数だが経済に大きな影響を持つ企業が起こした行動により、生産性が高まり実質賃金が増えると、それによって需要が増えて、同調的に他の企業も投資を増やすという現象(外部性)が生じたりする。

 本書では、物価や資産価格の変動についても、一貫した理論に基づいて探究している。これらは最近上がり始めているだけに、本書の含意は味わい深くなっている。

(土居丈朗・慶応義塾大学教授)


 にれい・まこと 東京大学経済学部卒業。シカゴ大学Ph.D(経済学)取得。ユタ州立大学経済学部助教授、財務総合政策研究所総括主任研究官等を経て2019年東京大学大学院経済学研究科教授に。


週刊エコノミスト2024年3月19・26日合併号掲載

『マクロ経済動学 景気循環の起源の解明』 評者・土居丈朗

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