経済・企業 山村集落
農村消滅を防ぐ「自給家族」プロジェクトの持続可能性 鈴木辰吉
愛知県の小さな山村で始まった「自給家族」というユニークな試みが軌道に乗っている。中山間地の集落を救うモデルになるか。
3000年続いた山村が50年で消える理由を考えた
私が生まれ育ち、今も暮らす愛知県豊田市押井町「押井の里」は、人口68人、23世帯の山村集落だ。かつて人口は200人を超え、40世帯あった。集落には、縄文晩期の遺跡が三つあり、およそ3000年前の土器が出土している。標高300~500メートル、森林が9割を占め、谷間のわずかな農地がアメーバ状に分布する。狩猟から農耕生活に変わり、幾多の飢饉(ききん)や疫病に遭い、戦乱の世の戦火に焼かれながらも人がここを離れることはなかったから今日がある。
ところが、どうだろう。科学的な推計によれば、押井の里は、50年後には消滅するのだという。3000年続いた押井の里が、人の住まない荒涼とした廃村になるのだ。
森林と、谷間のわずかな農地しか存在しないこの地で、集落の営みが数千年も続いてきたのはなぜなのか。そして、わずか50年ほどで消滅してしまうのはなぜなのか。私たちは考えに考えた。
それは、田畑、森林という土地に根差した、米づくりを中心とした共同体の自給的営みが続いてきたからだ。農の営みを諦めたとき集落は消滅に向かい、農の営みが続く限り、そこには人が存在し続ける。あまねく山村集落は、そうして守り継がれてきたのだ。
一方、それは工業化と高度経済成長が「すべての価値をお金で測る社会」をもたらしたからだ。効率化、利益の最大化を求めるなら人々が田舎から都会へ、山地から平野へと向かうのは当然の成り行きである。
皆が生産者で消費者
食と農の営みは、命の営み。だからこそ、価値をお金の量で測る市場原理に任せるべきではない。3000年続いた「生きるために食べる量だけを自給する農の営み」。ここに、持続可能な山村の暮らしのカギがある。生きるための自給の営みには、損も得もない。自分たちが毎日食べるお米だから、極限まで化学肥料や農薬を減らした、安全でおいしいお米を作る。そして、何より自給の営みは、食べることに不安のない穏やかな日常をもたらしてくれるのだ。
2019年、押井の里は私が代表となって一般社団法人を組織した。一つの家族となって米を自給し、先祖から受け継いだ田畑を荒らさず次代につなぐため、「源流米ミネアサヒCSA(Community Supported Agriculture)プロジェクト『自給家族』」をスタートした。
山村の持続化を応援し、安全でおいしいお米を安定的に確保したい仲間を募り、家族の一員になってもらうのだ。家族は、生産コストに見合う玄米1俵(60キロ)当たり3万円を栽培契約料として前払いする。生産するお米は、農薬、化学肥料を慣行栽培の2分の1以下に低減した「特別栽培米」。遊休農地に合わせて家族を増やせば、農地は守られ集落の消滅は回避できるという考えだ。
米の売買ではない自給は、家族が等しく負担し分け合う命の営み。皆が生産者であり消費者である「自給家族」方式は、山村集落を消滅の危機から救うモデルになるかもしれない。
20年産から募集を始め、現在、都市部を中心に100世帯が「自給家族」に加わって、何もしなければ耕作放棄地となっていたはずの3ヘクタールの農地を守ってくれている。そして、新たな家族には、お米の受け取りや農作業の手伝い、村まつりなど「里帰り」の機会が用意されている。
地域まるっと中間管理
押井の里の水田面積は7.6ヘクタール。不在地主を含むすべての農地所有者が農地中間管理機構(農地バンク)に丸ごと貸し付け、一般社団法人押井営農組合が丸ごと農地の利用権設定を受ける。そして、後継ぎがいる農家、後継ぎはいないが自分がやれる限りは自分で耕作を続けたい農家とは「特定農作業受委託契約」を締結し、従前どおり農業経営を続けてもらう「地域まるっと中間管理方式」を採用している。
自作が困難になったり、不測の事態で耕作できなくなったりすれば、自動的に田んぼが組合に戻り、組合のオペレーター(UIターンの40代2人)が耕作を担う。決して耕作放棄地が生まれることがないユニークな方式だ。同様の方式は全国22地区で取り組まれていて、押井の里は3事例目。先駆けとして視察も相次いでいる。
「自給家族」の1人でもある、この方式の生みの親、可知祐一郎氏(魅力ある地域づくり研究所代表)には、強い農業、所得倍増を目指す国の農政は、経営規模拡大による生産性向上のために小規模農家の早期撤退を迫る「農地引き剥がし」にも映る。農の営みと暮らしが一体化した山村のコミュニティーを持続させながら段階的に農地集積・集約化を図ることが大切と説く。
周辺地域に拡大
「地域まるっと中間管理方式」で農地を集積し、「自給家族方式」で遊休農地を有効活用する押井の里の取り組みは、周辺集落に一気に広がろうとしている。押井町を含む周辺9集落で構成する敷島自治区(旧小学校区)が23年4月に、住民の支え合い拠点「しきしまの家」を整備。スタッフが常駐し、地域課題を経営的に解決に導く体制ができたからだ。
しきしまの家運営協議会は、23年度から「農村RMO(農村型地域運営組織)モデル形成支援事業」の採択を受け、実証事業に取り組んでいる。25年度の法人化を目指す「しきしまの家」を農地の利用権が持てる認定農業者とすることで、9集落の農地約60ヘクタールを集積・集約化し、「自給家族」を300世帯に増やす構想が動き出した。
人口減少・高齢化は、今後も100年続くと言われている。誰も経験したことのない「縮んでいく社会」の未来は予測不可能だ。推計通り山村集落が消滅していくとするなら、日本という国は、都市だけの国になる。到底受け入れるわけにはいかない。
未来が予測不可能なら、私たちは歴史に学ぶほかない。
お金がすべてのものさしでない、3000年続いてきた自給自足、贈与、互恵の共同体にこそ、続いていく社会のヒントがあるのではないか。
(鈴木辰吉〈すずき・たつよし〉一般社団法人押井営農組合代表理事)
週刊エコノミスト2024年4月2日号掲載
集落を消滅の危機から救う「自給家族」プロジェクト=鈴木辰吉