国際・政治 EU環境政策の逆戻り
“小休止”の欧州グリーンディール 背景に極右政党の台頭も 庄司克宏
「脱炭素」で世界をリードしてきた欧州だが、自動車業界の反発、世論の右傾化などを背景に、その流れに急ブレーキが掛かっている。
EU27カ国中19カ国で支持率減、22カ国で農民の抗議運動
2050年に「温室効果ガス(GHG)排出実質ゼロ」を目標とする欧州グリーンディール政策は、フォンデアライエン氏を委員長とする欧州委員会の看板政策である。それは、脱炭素を促進するための産業政策および経済のデジタル化に加え、生物多様性や農業規制など多岐にわたっている。当初はグリーンディール政策を具体化する立法の制定が主な活動の中心であり、それは、順調に進んだ。投資に際して環境に持続可能な経済活動の基準を示すタクソノミー規則(グリーン投資の対象を選定する仕組み)など、その一部はすでに施行されている。
しかし、23年に入ってから雲行きが怪しくなった。いわゆる「グリーンラッシュ」(グリーンバックラッシュ〈環境政策の逆戻り〉を短縮した造語)が始まったからである。それは、一連のグリーンディール立法とその実施に対する反対や先送りを意味する。19~23年のEU(欧州連合)における2050年実質ゼロ目標支持率の国別変化に関する世論調査(図)を見ると、EU全体では支持率が3ポイント減った。加盟27カ国中支持率が上昇した国は5カ国にとどまった一方、19カ国で減少している。
相次ぐ規制の一時棚上げ
世論の変化を反映して23年3月には、35年以降新車の二酸化炭素(CO₂)排出量を100%削減するEU規則の採択について、EU内で暫定合意していたにもかかわらず、ドイツ内で連立政権に参加する自由民主党(FDP)が合成燃料のみで走行する内燃機関車も合法化にしないかぎり反対すると土壇場で表明し、要求を欧州委員会に受け入れさせた。EUを離脱した英国も昨年9月、ガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止するとしていた期限を当初の30年から35年に延期した。
また、5月にはフランスのマクロン大統領は中国に対抗して国内産業を守るため、EU規則の「小休止」が必要であると主張した。これは、欧州議会で中道右派の欧州人民党(EPP)がすでにグリーンディール政策に含まれる環境規制の一部モラトリアム(一時休止)を要求していたことと軌を一にするものであった。
さらに、24年になって以降、EU加盟の27カ国中22カ国で農民の抗議運動が発生した。農産品価格の低下や補助金の削減の他、気候変動対策のための環境規制や対応コストの負担過剰がその背景にある。また、GHG排出抑制を促すための排出量取引制度(ETS)が「ETSⅡ」として強化され、排出枠の無償割り当てを段階的に廃止する一方、27年より道路輸送と建物の暖房も対象となり、燃料代や暖房費を増大させ、家計を直撃する。これは、18年に燃料税の引き上げがきっかけで始まったフランスの黄色いベスト運動のような反対運動がEU全体に広がるリスクを伴う。
難民急増で極右台頭
以上に加えて、欧州諸国での23年の難民庇護(ひご)申請者数が15年、16年難民危機(それぞれ130万、120万人)以来はじめて100万人を超え、反移民・難民政策を主張する極右ポピュリスト政党への支持率が高まっている。それらの政党はグリーンディール政策のコストに伴う生活不安に乗じてグリーンラッシュの「日常化」を唱える。例えば、昨年11月のオランダ総選挙で第1党になったウィルダース党首の自由党は選挙公約で「ヒステリックなCO₂排出削減をやめる」と主張。脱炭素化のためのEUエネルギー転換政策などを批判してきたハンガリーのオルバン首相は、「ハンガリーの自由と主権を維持したいのであれば、(EUが本部を置く)ブリュッセルを占拠するしかない」と演説した。これに対し、中道右派EPP所属のメツォラ欧州議会議長は「ブリュッセルで気候・産業規制のリストが増大するにつれ、6月の欧州議会選挙を前にして有権者をポピュリスト政党に追いやっている」と述べ、EPPの主要政策を極右寄りにシフトさせようとしている。
このようなグリーンラッシュは今後のEUの動向にどのような影響を及ぼすのだろうか。EUの政策動向は5年ごとの欧州議会選挙の結果に左右される。24年はその年に当たり、6月に実施される。世論調査(表)によれば、現在第1党であるEPPは1、中道左派の「社会民主党(S&D)」は4、中道の「再生欧州党(RE)」は17、また、環境政党の「緑の党(Greens/EFA)」は17、おのおの議席を減らす見込みである。これに対し、グリーンラッシュの「日常化」を主張する極右ポピュリスト政党の「アイデンティティー・民主党(ID)」は22、「欧州保守・改革党(ECR)」は8、それぞれ議席を増やすと予想されている。
最大政党のEPPの支持を受けて欧州委員長再選を目指すフォンデアライエン氏は、EU内で政治的影響力を強めているイタリアのメローニ首相の支持を求めて接近。同首相は極右ポピュリスト政党の「イタリアの同胞」党首であり、反移民・難民政策とグリーンラッシュ的政策を強力に進めているが、オルバン首相とは異なりEUの対ロシア制裁を支持する。このため、EPPは欧州議会選挙後に「イタリアの同胞」が参加するECRを多数派に組み入れようと秋波を送っている。
欧州議会における極右ポピュリスト政党の台頭、EPPの極右寄り姿勢、次期欧州委員長候補で再選が有力視されるフォンデアライエン氏のメローニ首相への接近などから、24年以降のグリーンディール政策は経済重視で企業寄りの修正を受け、グリーンラッシュが一層進むものと目される。さらに、EU域内のGHG削減に合わせて域外国からの輸入品の製造過程で発生するGHGも削減させるための炭素国境調整措置(CBAM)も後退する可能性がある。それは、「ブリュッセル効果」として知られ、米中に対抗するパワーをEUに与えているEU規則の対外波及力の減殺を意味する。
(庄司克宏〈しょうじ・かつひろ〉中央大学総合政策学部教授)
週刊エコノミスト2024年4月9日号掲載
逆回転する「脱炭素」 欧州の看板政策に後退の兆し 農民が反乱、難民問題も影響=庄司克宏