資源・エネルギー

山梨県の水素戦略とは?――最先端の“使う・作る・貯める” 稲留正英・編集部

山梨大学の水素・燃料電池ナノ材料研究センターには、世界最高レベルの研究者と評価研究設備がそろう(3月12日、評価装置の説明をする同センターの吉積潔・特任教授)
山梨大学の水素・燃料電池ナノ材料研究センターには、世界最高レベルの研究者と評価研究設備がそろう(3月12日、評価装置の説明をする同センターの吉積潔・特任教授)

 山梨県が3月、県内の水素関連施設を巡るプレスツアーを実施した。同県の最新の取り組みを現地から報告する。

サントリー白州工場に大型水電解装置

 山梨県が温室効果ガス(GHG)を排出しない「水素エネルギー」を柱とした産業振興政策を推し進めている。県内に水素エネルギーを研究・開発する施設を集約、山梨発で日本の水素社会への転換を促す考えだ。

 水素エネルギーは、大きく二つの活用方法がある。①水素と酸素を化学反応させて、電気を作る「燃料電池」、②水素を燃やして熱エネルギーを得る「水素燃料ボイラー」だ。いずれも、生成物は水なので、GHGの排出はゼロだ。一方、この二つの装置に使う水素は、電気を使って水を水素と酸素に分解する「水電解装置」で得ることができる。

 山に囲まれ、南アルプスの伏流水などの水資源が豊富な山梨県は、元々、水力発電が盛んだ。また、日本一、日照時間が長く、太陽光発電の条件にも恵まれている。県企業局の中澤宏樹・参与によると、山梨県の再生可能エネルギーの最大発電量は109万キロワットに対し、県内の平均電力需要は57万キロワット。差し引き52万キロワットの余剰再エネで水素を作れば、山梨県独自のエネルギー源を持つことができる。

県内経済基盤を強靭化

 この水素を①使う、②作る、③貯蔵するの3分野で世界最先端の技術を開発・実装し、「県内の経済基盤を強靭(きょうじん)化する」(長崎幸太郎知事)のが、山梨県の狙いだ。

 県内には、大きく三つの研究開発施設がある。①山梨大学の水素・燃料電池ナノ材料研究センター(甲府市)、②県企業局米倉山電力貯蔵技術研究サイト(甲府市)、③米倉山次世代エネルギーシステム研究開発ビレッジ(Nesrad、甲府市)──だ。

 山梨大学は石油ショックを機に、1978年から燃料電池の研究を開始した世界でも最大、最高水準の水素エネルギーの研究機関だ。同大の水素・燃料電池ナノ材料研究センターでは88人(事務職員含む)が、燃料電池や水電解装置に使われる材料の研究開発や試作、評価に携わっている。

 飯山明裕・同センター長によると、現在、二つの大きな研究テーマがあるという。一つは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から受託した、大型商用車(トラック)用の燃料電池材料の開発だ。乗用車用の燃料電池の作動温度は92度であるのに対し、大型商用車では120度まで上がる。「商用車用は乗用車の10倍の耐久性が求められる」(飯山氏)といい、現在使われているカーボンの5000倍の耐久性があるセラミックスを用いた電極触媒の開発を進めている。

 もう一つの水電解分野では、再エネに適した低コストの材料研究に取り組んでいる。水電解装置には、主にアルカリ水型とプロトン交換膜(PEM)型の2種類がある。アルカリ水型は水酸化カリウムの水溶液を利用した水素の製造方法で、コストが安く大量生産に向いているが、変動する電力への応答速度が遅い。一方で、PEM型は変動する電力にコンマ数秒単位で応答できるが、触媒に白金などの貴金属を使うため、コストが高い。そこで、同センターでは、貴金属を使わず低コストで水素の生成が可能なアニオン交換膜(AEM)型の水電解材料の研究を行っている。触媒はニッケルで貴金属を使わない。飯山センター長は、「性能はPEM型に肉薄し、アニオン交換膜型としては最高水準の水電解効率だ。膜の耐久性も1000時間ある」と自信を見せる。

 甲府盆地の南にある県企業局の米倉山電力貯蔵技術研究サイトは、県が造成した42ヘクタールの工業団地・住宅用地の上にある。2011年に東京電力の10メガワットの太陽光発電施設を誘致。そこで作られた再エネの貯蔵の研究をするため、県企業局が14年に同サイトを開設したのが始まりだ。16年には、東電、PEM型の水電解質膜を開発した東レと共同で、再エネを使い水素を製造する「パワー・ツー・ガス(P2G)」の技術開発をスタート。「やまなしモデルP2Gシステム」と名付けたこの大型水電解装置は21年6月から、出力2・3メガワットで、水素を製造している。

 このグリーン水素とやまなしモデルP2Gシステムを商業販売しようと、22年2月に、県、東電、東レで設立したのが、国内初のP2G専業会社「やまなしハイドロジェンカンパニー(YHC)」で県の中澤参与が社長を兼務する。

国内最大の水電解装置

 大きな成果の一つが、山梨県北杜市にあるサントリーホールディングス(HD)のサントリー天然水南アルプス白州工場とサントリー白州蒸留所へのP2Gシステムの導入決定だ。出力は16メガワット、水素の製造能力は年間2200トンと国内最大。設備投資額は170億円で、3分の2が国のグリーンイノベーション基金から補助される。稼働は25年3月の予定だ。

サントリーが白州工場に導入する「やまなしモデル」の水電解装置の説明をする県企業局の中澤宏樹・参与(右)とサントリーHDの西脇義記氏(右から2人目)(3月12日)
サントリーが白州工場に導入する「やまなしモデル」の水電解装置の説明をする県企業局の中澤宏樹・参与(右)とサントリーHDの西脇義記氏(右から2人目)(3月12日)

 サントリーHDの西脇義記・サステナビリティ経営推進本部副本部長は、「当社は30年に自社排出のGHG量を19年対比で半減する目標を持つが、熱まわりはなかなか対応が難しかった。そうした時に、21年に山梨県からラブコールがあり、やまなしモデルを採用することにした」と話す。再エネと工場内の地下水から製造した水素は水素ボイラーで燃やして蒸気を作り、天然水の煮沸などに使う。将来的には、ウイスキーの蒸留にも使うほか、水素ステーションを設置し、輸送用の燃料電池トラックへの活用も考えているという。

 YHCで製造した水素は、県内では、バルブ製造大手のキッツが長坂工場に17年に設置した水素ステーションに供給し、社有燃料電池車や燃料電池フォークリフトに使われている。県外では、東京ビッグサイトの燃料電池にも供給されている。

技術研究組合「FC-Cubic」は、大型商用車向けの燃料電池の分析・評価を行っている(3月12日、評価装置の説明をする同組合の小島康一・専務理事)
技術研究組合「FC-Cubic」は、大型商用車向けの燃料電池の分析・評価を行っている(3月12日、評価装置の説明をする同組合の小島康一・専務理事)

 県の電力貯蔵技術研究サイトに隣接する米倉山次世代エネルギーシステム研究開発ビレッジには、燃料電池の評価機関である技術研究組合「FC-Cubic」が入居している。トヨタ自動車、ホンダ、パナソニックHDなどの47企業と5大学、産業技術総合研究所が組合員として出資。現在は、NEDOから、大型商用車向け燃料電池を開発するための分析・評価を受託している。以前、東京・台場にあったが、施設が狭く、使える水素も少なかったので、23年4月に米倉山に移転した。小島康一・専務理事は、「評価装置を置く場所はお台場時代の1.5倍に、水素の供給能力は2.5倍になった」と話す。燃料電池開発で日本だけでなく世界をリードする評価機関として、その役割が産業界から期待されている。

(稲留正英・編集部)


週刊エコノミスト2024年4月9日号掲載

山梨県の水素戦略 利用、製造、貯蔵で最先端技術 サントリー工場に水電解装置=稲留正英

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