おそるべき中国の顔認証技術「天網システム」 菱田雅晴
米大統領選挙の行方に世界の関心が集中する中、人工知能(AI)によるディープフェイクが結果を左右しかねないとの危惧の声がある。偽動画を作るAI技術とその映像の不自然さを検知し、真贋(しんがん)を見極めるAI技術とのイタチごっこの感もあるが、その根底にあるのが顔認識、顔認証技術だ。飛躍的な認証精度の向上により、出入国管理などの国家インフラからログイン時のセキュリティー強化まで幅広い活用が可能で、より身近なものとなりつつあるが、その象徴的な事例が中国に見いだされる。
香港のスター、ジャッキー・チュン(張学友)の熱狂的ファンだった逃亡犯がコンサート会場の監視カメラに捉えられ、そのわずか7分後には逮捕されたという事例に示されるように、中国の警察当局の探知能力はおそるべきレベルに達している。
全世界の監視カメラの半数以上が中国に存在するともいわれ、それらのカメラが取得した画像や映像から目、鼻、口の位置や大きさなどの特徴を抽出し、人物の年齢、性別、表情までも認識、判断する。そして、それらの認識情報に基づき、データベースにあるビッグデータと比較して本人かどうかをディープラーニング(深層学習)を用いて照合し認証するのが顔認証技術だ。
天網システムと呼ばれる監視カメラを中心とするコンピューターネットワークの情報管理システムをいかに実装するか、その実践的テキストが浙江警察学院の蔡竞主編『人臉識別 公安実践応用教程』(西南交通大学出版社、2022年)だ。同書は公安、警務部門に顔認証技術をどう普及させるか、その基本原理と保存データとの照合による応用事案を詳説し、現場における顔認証活用による“高素質の公安鉄軍”建設を訴えている。リアルタイムで対象者を監視カメラが追跡し、身分証と照合認証し、現場警察官のスマート端末に通知、直ちにターゲットを確保するというもので、凶悪犯から信号無視などの軽犯罪に至るまでの犯罪抑止をうたっている。公安関係の大学の公安技術専攻の教材、公安学専攻の学習テキストだというが、やはりというか、プライバシーや個人情報保護への配慮といった観点の乏しさもまたその特徴となっている。
(菱田雅晴・法政大学名誉教授)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。
週刊エコノミスト2024年4月16・23日合併号掲載
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