国際・政治

長短金利逆転でも景気堅調 ジンクス破りの米国経済 桐山友一・編集部

 世界のGDP(国内総生産)の4分の1を占める最大の経済大国、米国。過去40年以上にわたって続いた経済のある「ジンクス」が崩れようとしている。米国では短期金利(米2年物国債金利)の水準を長期金利(米10年物国債金利)が下回る「逆イールド」が発生した後、景気後退に陥ることを繰り返してきたが(図1)、今回は景気後退が避けられそうな見通しが強まっているのだ。

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「えっ、ライドシェアにもチップ?」──。今年3月、首都ワシントンへ久しぶりに出張した日本人男性は驚いた。ライドシェアサービスを利用してクレジットカード決済した際、スマートフォンのアプリでチップの割合を選択する画面が出てきたのだ。米国では今、「チップフレーション」がたびたび話題に上る。レストランなどで渡す相場が上昇し、幅広いサービスでもチップを求められるようになった。

 チップとインフレーションを掛け合わせたチップフレーションは、米国のGDPの7割を占める個人消費が高い金利水準にもかかわらず底堅いことの裏返しだ。新型コロナウイルス禍のインフレに対応するため、米連邦準備制度理事会(FRB)は急ピッチで利上げを進め、政策金利(上限)は昨年7月以降、5.5%で据え置かれる。そして、長短金利が2022年7月に逆転した後、今年3月まで1年9カ月も逆イールドが続いている。

 米国経済の過去40年あまりを振り返ると、1980年代初頭には高インフレ抑制のための金融引き締め、90年代前半はS&L(貯蓄貸付組合)危機、00年代はITバブル崩壊やリーマン・ショック(08年)と、逆イールドが発生するたびに景気後退に陥っていた。逆イールドは通常、短期で資金調達して長期で貸し付ける銀行に逆ざやとなり、貸し出しが鈍ることで設備投資の減退などを招くため、景気後退の前兆とみなされていた。

 こうした短めの金利と長めの金利をつないだ「イールドカーブ」(国債の利回り曲線)の形状は、景気や金融政策の変化に応じて循環している(図2)。その中でも逆イールドは、利上げによって利回り全体が上昇するものの、長期金利の上昇幅が短期金利を下回る「ベアフラット」の終盤から、金融引き締めが景気を冷やすことで長期金利が短期金利よりも大きく下がる「ブルフラット」の局面にかけて発生するとされる。

 しかし、専門家の間では現在、米国は景気後退しないとの見通しが大勢で、みずほリサーチ&テクノロジーズ(R&T)は24年の実質GDP成長率を前年比1.9%増、伊藤忠総研も2.3%増を見込み、25年の見通しでも景気は減速するものの後退までは至らないのがメインシナリオだ。なぜ逆イールドにもかかわらず今回、米国経済は景気後退しないのか。

今秋の大統領選にも影響

 みずほR&Tの松浦大将上席主任エコノミストが主な要因に挙げるのが、良好な所得・雇用環境と家計の債務返済負担の軽さだ。物価変動の影響を除いた実質雇用者所得は昨夏以降、インフレ率の鈍化と雇用者数の増加により前年同月比で3%前後の伸びを続けている。また、08年ごろに100%近くに迫っていた家計債務の名目GDP比は、その後に低下を続けて現在では約7割まで落ちている。

 リーマン・ショックに至る過程では、金融市場に大量に流通していた低所得者向けの高金利住宅ローン(サブプライムローン)の証券化商品が不良債権化し、米金融大手リーマン・ブラザーズの破綻が世界的な金融危機を引き起こした。しかし、松浦氏は「米国の家計の多くはリーマン・ショック後、金利が下がった時期に住宅ローン金利を固定しており、現在は金利が上昇しても負担が抑制されている」という。

 また、伊藤忠総研の高橋尚太郎上席主任研究員は労働力の増加に着目する。今年2月の雇用統計では、非農業部門全体の雇用者数が27.5万人増と堅調な伸びが続いており、「移民の増加が労働市場の需給の逼迫(ひっぱく)を緩和して、インフレ率の抑制にもつながっている」という。そして、安定した個人消費が企業収益も支え、景気は全体として後退することなくソフトランディング(軟着陸)していくと展望する。

 移民の流入は今年11月に予定される米大統領選の大きなテーマの一つに挙がる。民主党候補のバイデン大統領は不法移民には規制を強化するものの、合法移民には緩和的な姿勢を維持する見込みだ。一方、共和党候補のトランプ前大統領は不法移民の摘発を強化する構えで、移民政策の変化は経済全体にも影響する可能性がある。

 逆もまたしかりで、米国経済の動向は米大統領選の結果にも影響を及ぼす。米バージニア大学政治センターは過去の大統領選の分析に基づき、大統領選の年の第2四半期(4〜6月)の実質GDP成長率など、三つの要素から大統領選での得票率を予測するモデルを構築している。コロナ禍での実施となった前回20年大統領選の予測では留保を付けたものの、16年大統領選ではトランプ氏の当選を予測して当てた。

 米国の今年第2四半期の実質GDP成長率は1%前後が見込まれ、バージニア大学のモデルでは現職有利に働きそうだ。しかし、なかなか収まらないインフレは、所得の低い層には不満も根強い。足元の米国の景気が大統領選を左右する要因となり、選挙結果がその後の世界経済だけでなく国際政治などにも幅広く影響する。米国経済の動向から目が離せない。

(桐山友一〈きりやま・ゆういち〉編集部)


週刊エコノミスト2024年4月16・23日合併号掲載

世界経済入門 長短金利逆転でも景気堅調 「ジンクス」破る米国経済=桐山友一

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