荷風や藤村らを虜にしたパリの魅力を元仏大使の目で描く 本村凌二
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いま出ている『テルマエと浮世風呂』(NHK出版新書)は古代ローマと大江戸日本の比較史なのだが、以前その出版を別の出版社に持ち込んだことがある。体よく断られたがその理由は「著者はローマ史の専門家であるが、江戸の専門家ではない」だった。この時私は、「しかしその前に私が日本人であることをお忘れではないか」と思ったものだ。
フランス人以上にフランス通である小倉和夫氏の『フランス大使の眼でみた パリ万華鏡』(藤原書店、2970円)は、世紀の変わり目の2年間、駐仏大使であったときの「手記」とパリを訪れた日本人作家たちの足跡をたどった「パリ文学散歩」からなる軽い読み物。
とくに後者は、永井荷風、島崎藤村、横光利一、与謝野晶子、岡本かの子、林芙美子のパリ徘徊(はいかい)を追いながら、ちょっとした歴史物語の感がただよっている。
『ふらんす物語』でも名高い荷風は、華やかなシャンゼリゼ大通りよりも、静かなガブリエル並木通りを好んで散策したらしい。その裏通りの向こうに彼は「瓦斯(ガス)灯の光に蒼く照らし出された」エリゼー宮に目を向ける。この木陰のつづく薄暗い通りのように、荷風は人との付き合いでも、表舞台で活躍する人々ではなく、巷(ちまた)にさまよう裏舞台の娼婦(しょうふ)、遊女に目を向けたらしい。それだけに、劇場や美術館よりも、モンマルトルなどの盛り場を徘徊したという。
「暗くして狭き道は、志すモンマルトル…
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週刊エコノミスト
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