持続可能65自治体 消滅可能性744自治体 荒木涼子/村田晋一郎・編集部
「今行動を起こさなければ、日本は人口減少の渦に沈んでしまう」──。東京商工会議所渋沢ホールで4月24日、滋賀、福井両県など17人の知事らを含む約500人が参加して開かれた「人口戦略シンポジウム」。冒頭、主催者で、民間有識者らで作る「人口戦略会議」の議長、三村明夫・日本製鉄名誉会長が語気を強めた。
国立社会保障・人口問題研究所が昨年4月に公表した長期推計によると、日本の総人口は2100年に6300万人と、現在の1億2400万人(23年)から半減する。しかも、国民の10人に4人が65歳以上という「年老いた国」だ。「1人の現役世代が1人の高齢者を支える社会が到来する。このような未来を今の若者に残すわけにはいかない」(三村氏)。同会議は今年1月に「2100年に人口を8000万人で安定させるべき」との提言を行っている。民間の立場で自由に発信して、人口問題の深刻さを国民一人一人に「自分事」にしてもらうのが、会議の狙いだ。
危機感を共有するため、同会議は同日、「地方自治体『持続可能性』分析レポート」を公表した。それによると、今後100年間で、全国の自治体の4割に当たる744自治体が、人口減少が止まらず、消滅する可能性が高いという。根拠は、50年までの30年間で、20〜39歳の女性(若年女性)人口が50%以上減少することだ。出産適齢期の女性がいなければ、子供は産まれない。
レポートでは、上記の①「消滅可能性自治体」の他、②「ブラックホール型自治体(自治体数25)」、③「自立持続可能性自治体(同65)」、④「その他の自治体(同895)」、の四つに分類した。②は出生率が低いため自らは人口を増やせないが、周囲の人口をブラックホールのようにのみ込む自治体、③は若年女性の減少率が20%未満となり、100年後も若い女性が5割近く残る自治体、④は上記の三つに当たらないが、ほとんどで若年女性が減る自治体──という定義だ。
図1からは、北海道や東北地方で「消滅可能性自治体」の割合が非常に多いことが分かる。
“消滅”からの脱却
一方で、全国の自治体の約半数が消滅すると発表した日本創成会議の「増田リポート」(14年)より、状況が改善している自治体もある。中四国地方には10年前と比べて消滅可能性自治体から脱した自治体が多く、中でも島根県は脱却が12自治体にのぼり、消滅の可能性ありとされたのは、今回はわずか4自治体だった。
増田リポートの由来となった増田寛也元総務相(人口戦略会議副議長)は、島根県について「個々の自治体が人口の流出を抑える対策をしたうえ、出生率も都道府県別で2位。雇用環境だけでなく、地域でいろいろなことをやれば実るということ」と分析する。
自治体の明暗には、地域の開放性や他地域からの受け入れやすさのほか、若者の価値観にあった雇用の場の有無もありそうだ。最近の若い世代は、職場の雰囲気の良さや慣行のなじみやすさを重視する。また、出産や子育てを両立できる職場の多寡も、地域の出生率に関わってくる。核家族化が進み、共働きも増える中、子育て世帯だけでなく、地域全体で子どもを養育する仕組みも欠かせない。
70年間人口増
では、具体的に人口対策のヒントはどこにあるのか。今回、自立持続可能性自治体に分類された神奈川県開成町。同町は1955年の町制施行以来、約70年間、一貫して人口が増え続けている。2015年の国勢調査では5年間の人口増加率は4%で、神奈川県内の市町村でも最も人口増加率が高かった。現在、約1万9000人いる総人口の約15%が0〜14歳だ。
同町では1965年に都市計画を策定。町内を三つの区域に大別し、農業振興が中心の「ふるさとゾーン」、宅地や公民館、郵便局など都市機能を集めた「くらしゾーン」、富士フイルムの研究所などがある産業拠点「ときめきゾーン」を開発し、遊ぶ、住む、働く、のバランスが取れた街づくりを目指している。
10年前には「田舎モダン」をキャッチフレーズに町のブランディングを強化。同時期から子育て世帯への支援にも力を入れてきた。特に10年度からは、地域住民や保護者が学校運営に参加できる「コミュニティー・スクール」の制度も取り入れ、学校を中心とした地域作りを行っている。また、12人いる町議会議員のうち5人が40代で、ユニークなホームページや広報誌で町民に情報発信中だ。同町企画政策課の奥原啓太主幹は「町と住民の距離が近く、住民みんなで街づくりができているのが、人口が増えている理由では」と語る。
山梨県忍野村は、山梨県内で唯一、自立持続可能性自治体となった。村の人口は00年の7711人から20年には9675人に増加。00年から20年の5年間隔ごとの伸び率も、4.6〜7.1%と安定的だ。産業用ロボットメーカー大手「ファナック」の企業城下町としても知られ、人口の3分の1程度が同社関係者だ。しかし以前は、結婚・出産や定年、進学などのタイミングでの転出が多かったという。
社員子女らの学力を支援
「企業依存だけではいけない」との危機感から、同社労組との意見交換などもヒントに住民のニーズを街づくりに生かす取り組みを始めた。高学歴の家庭が多いファナック社員らの教育環境へのニーズから、村独自で教職員と支援員を採用。村内に1校ずつある小、中学校に授業の補佐役として配置し、基礎学力向上に向けたサポートをしている。この他、英語教育にも注力。今では村立中の卒業生が例年、東京大学などの最難関国立大に入学するようになった。
また、子育てが一段落した世帯に現役世代が子どもの一時預かりをお願いできる「ファミリーサポート」事業など、地域全体での子育て参加を促す仕組み作りも始めた。子育て支援課の米山卓也課長は「昔ながらの田舎、日本らしさが残る村。地域ぐるみの子育てと、多様なニーズに応える現代版子育てのいいとこ取りで、忍野村で子育てしたいと思ってもらえるようにしたい」と話す。
本格的な人口減少時代が到来する中、国全体での対策が難しいのは、地域ごとに人口構造や減少速度が異なるからだ。街の魅力や課題を見える化し、実態に合わせた街づくりが事態打開のヒントになりそうだ。
(荒木涼子〈あらき・すずこ〉/村田晋一郎〈むらた・しんいちろう〉編集部)
週刊エコノミスト2024年5月14・21日合併号掲載
人口半減 「自立持続可能」は全国65自治体 個性伸ばす「開成町」「忍野村」=荒木涼子/村田晋一郎