経済・企業 中国自動車市場
デニス・ドゥプー・ローランド・ベルガー・アジア事業責任者「中国での中国車人気、背景はEVならではの顧客体験にあり」
世界最大の自動車市場である中国で、日本車やドイツ車などの海外メーカーが急速にシェアを落としている。中国の消費者の間で、電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHV)の「新エネルギー車(NEV)」が受け入れられるなか、日本車などの海外メーカーが競争力のある商品の投入で後手に回っているからだ。自動車産業に詳しい独コンサルタント会社、ローランド・ベルガーのアジア事業責任者でシニア・パートナーのデニス・ドゥプー氏と、日本オフィス代表でシニア・パートナーの大橋譲氏に、中国市場の現状について、話を聞いた。(聞き手=稲留正英・編集部)
―― 中国市場でNEVの販売比率は、2023年通年の32%から、直近5月は4割まで上昇し、それに合わせ中国車のシェアが拡大している。何が起きているのか。
■ドゥプー 最初に申し上げたいのは、中国の自動車市場については過去24カ月間、成長の減速がみられることだ。これは、家計全般に消費が落ち込んでいることが背景にある。そのため、自動車メーカーにとり、競争環境が厳しくなっている。
と同時に、消費者の需要がNEVに向かっている。そして、欧州、米国、日本、韓国などの伝統的な自動車メーカーは、中国車の挑戦を受け、過去10年間は6割くらいあった市場シェアが、直近では4割くらいにまで低下している。
中国車の品質は独VW、アウディ、ホンダを上回る
―― なぜなのか。
■ドゥプー それは、EVの分野では中国車の方が、海外のメーカーより技術革新が進み、製品自体が良くなっているためだ。それは、NEVならではの新しい顧客体験を中国の消費者に提供できていることが大きい。
―― もう少し、具体的に言うと。
■ドゥプー パワートレイン(モーターやインバーター、減速機などの駆動系機構)、充電インフラ、(デジタルであらゆる情報を提供する)スマートコックピット、エンターティンメントシステムが、独VWやアウディ、メルセデス、ホンダなどに対して優れている。さらに、米テスラが引き金を引いた価格競争が過去8カ月間起きている。米テスラの上海ギガファクトリーの生産の経験値と規模が大きくなり、海外メーカーはその価格競争に打ち勝つことが難しくなっている。
―― 中国車の品質はそんなに良くなっているのか。
■ドゥプー 自分の経験で言うと、BYDやLi Auto(理想汽車)の車は本当に良い。場合によってはテスラよりも良い。
それぞれの顧客に細かくカスタマイズする中国車
―― 日本ではBYD以外は走っていないのでなかなか肌感覚では分からないが、良いというのは環境性能か、あるいは、SDV(Software defined Vehicle:ソフトウエアで各種の性能が定義される車)に代表される、ソフトウエアを通じた体験価値の部分か。
■ドゥプー 両方だ。まず、中国の大きな都市では、NEVはナンバープレートをすぐに取得できる。一方、エンジン車は取得に時間と費用が掛かる。これが最初のポイントだ。
次は、製品面だ。中国車は、中国の顧客のニーズに細かく応えている。例えば、理想汽車の車は、子供が一人の夫婦にカスタマイズされている。だから、後席にあるスクリーンは一つだけ。それに対し、ホンダやVWは二つのスクリーンがあり、その分、800㌦ほどコストも高くなる。
中国車は全体のデザイン、自動運転、バッテリーのプログラムなどが、それぞれの顧客のニーズに最適化されている。そしてそれを、ソフトウエアで定義している。これが顧客体験に大きな違いをもたらしている。
―― 中国の消費者は環境意識からEVを購入しているわけではないと。
■ドゥプー その通り。中国の電力の3分の2は石炭などの化石燃料で発電されている。
―― EVの航続距離の短さについては、問題視されていないのか。
■ドゥプー 中国でEVが普及しているのは、大きな都市だ。そんなに長い距離を走ることはない。また、中国の大都市では世界のどの国よりも充電インフラが素早く開発されている。だから、問題ではない。
一方で、足元でEVの伸び率が鈍化しているのも事実。地方都市では長距離走行する場合が多いが、大都市部ほど、充電インフラが充実していないためだ。
PHVはあくまで移行期の商品
―― それでは、これから地方都市では、エンジンのあるPHVの方が普及の度合いが大きくなるのか。
■ドゥプー 中国では、PHVの顧客体験価値はEVほどは良くないと受け止められている。
EVは、パワーや加速もエンジン車に比べてWOW(ワオ:事前予想を大きく超える体験)、ソフトウエアもWOWだ。エンジンがないため、ボディの設計に物理的な余裕があり、コックピットや視界もWOWだ。さらに言えば、同じEVでも、BYDは出来が良いのにテスラやNIO(蔚来汽車)に比べて価格が大幅に安いので、WOWだ。
それに比べて、PHVの顧客体験はもっと、普通だ。だから、中国ではPHVは人気がない。
確かに充電インフラが整っていない地方都市では、PHVに一定の需要はあり、トヨタのようにPHVを提供しているメーカーはシェア獲得する余地がある。しかし、PHVはあくまでも移行期の商品だ。
―― なぜ、この質問をしたかというと、BYDが200万円台で、航続距離2000㌔を超える競争力の高いPHVを中国で発売したので、BYDがEVに特化する戦略を転換したのではと、日本では捉えられているためだ。
■ドゥプー 確かに、中国以外の市場、例えば、ドイツ、フランス、米国ではPHVは意味があるかもしれない。中国以外ではEVの需要は鈍化しているからだ。また、WOW体験も中国ほどは重要視されておらず、むしろ、伝統的な内燃機関車に対する愛着がある。
例えば、欧州では、役職員が会社から支給される社用車はリースだ。欧州ではリースはディーゼル車が多かったが、環境規制でディーゼル車は禁止される方向だ。そこで、エンジン車が好きだが、EVが欲しくない人々がPHVを選んでいる。
中国車の競争力は補助金ではなく、コスト構造にある
―― 日本や欧米では、中国EVに競争力があるのは、政府の補助金漬けで、単に値段が安いからだ、という見方がある。
■ドゥプー 私はその見方に肯定的ではない。確かにほぼ10年前、EVの立ち上がりの時期に大量の補助金が投入されたが、今は少なくなっている。また、地方政府がEV企業を助けているが、それは補助金ではなく、資本だ。
一つ、明確なことがある。なぜ、中国のEVが安いかというと、生産方法がとても効率的だからだ。生産現場は高度に自動化されている。さらに、テスラの上海ギガファクトリーが出来たことで、多くの中国人が訓練を受けた。ここで3~5年働いた人たちが、中国の会社に再就職している。中国ほど、モノづくりの学習カーブが右肩上がりの国は、世界のどこにもない。
■大橋 私は生産の効率性よりも、もっと別の要因があると見ている。私は、日本の自動車メーカーと一緒に、中国製EVの分解をしたことがある。日本のEVとは全く構造が違っていた。日本のEVは内燃機関車をベースとしたものだったのに対し、中国のEVは、最初からEVに最適化するように設計・開発されている。日本メーカーの関係者は、中国EVが非常に効率的にデザインされ、その結果としてコストが安いことに、衝撃を受けていた。
■ドゥプー 中国のEVは従来の内燃機関車とは違う、全く新しいサプライチェーンで作られている。さらに、多くの中国製EVは、自社工場ではなく、委託先の工場で作られている。
「レゴ」のように生産する中国EV
■大橋 EVが市場に登場した時に、人々は、それは、「レゴ」のようなものだと言った。モーターや電池、半導体などの部品を集めて、レゴのように組み立てればよいと。そして、実際に中国のメーカーはレゴのように生産できるように進化した。多くのメーカーは自社でEVの生産ラインを持っておらず、生産をアウトソースしている。
■ドゥプー 中国のEVは、モーター、バッテリー、バッテリー管理システム、電装パーツなどの各部品について、レゴのように標準化されたものを使っている。これは太陽光パネルと同様に、規模の経済が働く。例えば、ある自動車メーカーが、生産受託会社に行き、私は、この車を2026年に発売する、設計図はこれで、要求される性能これこれだ、と伝える。そして、今ではなく、2026年にこれを生産するのに、どれくらいのコストがかかるか教えてくれと聞く。
今、バッテリーの値段が1㌔㍗時=120㌦だとしても、26年には標準化による規模の経済が働き、100㌦以下になる。同様にほかの部品も、今は値段が高くても、数年後には値段が下がる。その結果、今は難しくても、数年後には非常に高性能な車を安い価格で市場に出すことができる。これは、内燃機関を抱え、自社の工場ですり合わせ型の生産ノウハウを蓄積している既存の自動車メーカーには真似ができない。
シャオミのEVは、スマホのビジネスモデルの応用
―― 最近、中国の携帯電話メーカーのシャオミ(小米科技)が、非常に高性能なEVを相当に安い値段で出した。日本で衝撃が走ったが、そうしたことが背景にあると。
■ドゥプー シャオミはまさにその好事例だ。デザインはポルシェのセダンタイプの内燃機関車であるパナメーラに似ている。試乗した人に聞いたが、強い加速と快適なステアリングが印象的だったという。そして、値段はポルシェのEVタイカンの半分だ。
■大橋 シャオミがこの市場に参入したことは私には驚きではない。これは、スマートフォン(スマホ)市場で起こったことの再現だからだ。
中国には一時、200のスマホメーカーがあったが、ほとんどはデザインだけを手掛ける。スマホでは、半導体、周波数変換装置、メモリーがレゴの部品のように標準化されており、たくさんのひな形がある。スマホ会社は、外側をデザインし、生産の受託会社に「ひな形の9番を使ってくれ」と指示を出す。これだけで、スマホ会社が始められる。
シャオミも本質はデザイン会社であり、製造会社ではない。彼らは、2~3カ月毎に新製品を投入しており、このタイプのビジネスモデルに慣れている。EVも同じだ。EVは基本的に「車輪が付いたスマホ」だからだ。
―― EV時代のビジネスモデルは、内燃機関とは全く違うと。
■大橋 我々は、コストを下げるためには、大量生産をしなければいけないと学んできた。しかし、今説明したような、レゴのように部品を組み合わせる製品では、それは真実ではない。違いを生み出すのは、最初のデザインだ。
EV時代のソフトウエアは一つに統合される
―― 確かに部品を集めれば、レゴのようにEVができるかもしれないが、EVのソフトウエアの開発は難しいのでは。
■大橋 日本のメーカーと、中国のメーカーではデザインコンセプトが全く違う。日本では、エンジンを担当するチーム、内装を担当するチーム、外装を担当するチームがそれぞれにソフトウエアを開発する。もし、ソフトウエアを扱うチームが複数あれば、誰が車両全体のソフトウエアに責任を持つのか?これが、日本だけでなく、ドイツなどの伝統的なメーカーがEV時代に抱えている問題だ。
一方、中国のメーカーは、EVの時代になったときに、デザイン方法を変えた。ソフトウエアは一つだけだ。これは、(アイフォーンOSやアンドロイドOSと)一つのOSで動かすスマホと一緒だ。
そして、これが日本やドイツのメーカーが、SDVを作るのに苦戦している理由だ。