教養・歴史 書評

最新の考古学的知見からチンギス・カンの魅力的な人物像を提示 加藤徹

 白石典之『元朝秘史 チンギス・カンの一級史料』(中公新書、1100円)は、モンゴル考古学の専門家である著者が、歴史や地理にうとい読者にもわかりやすく書いたモンゴル帝国形成史のガイドブックだ。

『元朝秘史』はモンゴル民族の成り立ちを記した古典的史書だ。始祖である「蒼(あお)き狼(おおかみ)」と、その妻「白き牝鹿(めじか)」の伝説から説き起こす。チンギス・カン(1162?~1227年)の生涯を中心に、第2代君主オゴデイまでを記す。叙述は淡々とした間接話法だが、物語が山場になると韻文の直接話法に一変する。日本の『古事記』の古代天皇の記述に似ている。出来事の内容は断片的で語り部の物語のようであるが、「しかしその反面、チンギスの喜びや怒りが随所に記されているのが『元朝秘史』の持ち味といえる。これは史官の冷静な筆致には望めないことかもしれない」。

 チンギス・カンは若き日に異母弟を殺した。妻ボルテを敵に誘拐されたこともある。君主になったあとも苦労は続く。後継の座をめぐりいさかう息子たちに悩み、自分の命令に違反した部下に怒る。熱しやすく冷めやすく、さっぱりとして大らかな彼の人間性は、魅力的だ。

 彼は一代で、アジアからヨーロッパにまたがる未曽有の大帝国を築いた。だがそれは結果論にすぎない、と著者は指摘する。

「『元朝秘史』に描かれたテムジン(若き日のチンギス・カン)のようすからは、生涯をケレイト(部族…

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週刊エコノミスト

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