心臓三つに脚八つに脳九つ 愛あるタコ研究の成果を堪能する 美村里江
有料記事
×月×日
知人にたこ焼き名人がいる。彼女のたこ焼きは冷蔵庫で一晩たってからでも、ソースすら一切不要の奥ゆかしいおいしさである。お母様がたこ焼き屋だったそうで、そこに本人の料理好きが重なり選び抜かれたタコは「今はモルディブ産がベスト」との話だ。その上で「タコはこんなにおいしい身を丸出しで、どうやって広い海で生きているのか」とよく2人で不思議がっていた。
本書を読んで一部の謎が氷解しつつ、別の新たな興味深い謎にはまった。『神秘なるオクトパスの世界』(サイ・モンゴメリー著、定木大介訳、池田譲日本語版監修、日経ナショナルジオグラフィック、2530円) 世界一の大きさのミズダコの吸盤1個には16キログラムを持ち上げる力があり、それを8本の脚全体では1600個以上備えている話などは有名だろう(理論上、ミズタコ1匹で25トン以上を動かせる)。
そんな怪力を突破する生き物たちとの攻防は、貝がらを持ち歩いて防具に使ったり、煙幕とおとりを兼ねたタコ墨で追跡を回避したり(人間の舌にはイカ墨のほうがうまい)、海に落ちている人工物を堅固なマイホームとしたりする。
特に鉄製の沈没船などは大人気で、「孤独を好む凶暴な生き物」という長年の説がくつがえる「タコマンション」も発見された。世界各所で友好的な交友関係や群れのリーダーのような役割まで確認され、タコ研究界隈は激震に次ぐ激震、研究者いわく「先駆者たちの長年の蓄積を経て、今、旬を迎えている」状態という。
人気漫画『鬼滅の刃』に登場する鬼の始祖、鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)は七つの心臓に五つの脳を備えた強敵だが、タコも心臓三つに脳九つで再生能力も高く、スペックが近いといえなくもない。その上、鬼とは違い、人間への好奇心と友愛を感じる、知的でほほ笑ましいエピソードも多い(今後たこ焼きを食べるのがはばかられる)。
タコの集団生活を観測・記録した研究者の提出論文は…
残り617文字(全文1417文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める