国際・政治 沸騰!インド・東南アジア

ASEAN経済を脅かす中国経済への依存体質 西濱徹

「中所得国のわな」に陥っていると見られるマレーシアの首都クアラルンプールの市場 Bloomberg
「中所得国のわな」に陥っていると見られるマレーシアの首都クアラルンプールの市場 Bloomberg

 中国経済の低迷が東南アジアに暗い影を落とす。米中対立でASEAN経由の迂回輸出も難しくなる可能性がある。

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 東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国の多くは、輸出依存度が相対的に高いという特徴がある。2000年代以降、財(モノ)の輸出先のうち中国向けが最大となり、中国経済との連動性が高まってきた。域内を訪れる外国人観光客に占める中国人の割合も高まっている。財とサービスの輸出がいずれも中国に依存する度合いを強めているといえる。

 しかし、中国経済の低迷はASEAN経済の足かせとなってきた。中国経済は今、供給サイドをけん引役として底入れの動きがある一方、需要サイドは家計消費など内需の力強さに欠けるからだ。

 中国政府が景気下支え策を強化しているにもかかわらず、若年層を中心とする雇用不安や供給過剰が続く不動産市場は極めて不透明な状況だ。家計消費などの内需がかつての勢いを取り戻せるかどうかの見通しは立ちにくい。一方、習近平指導部が主導する「新質生産力(新たな質の生産力)」といったスローガンが後押しする形で、外需への依存度を強める傾向がうかがえる。

 欧米の一部が中国の供給過剰を問題視して制裁関税を導入する動きは、世界経済の分断につながりかねない。結果として世界貿易に下押し圧力がかかれば、輸出依存度が高いASEAN経済のダメージは避けられない。また、中国人が財布のひもを締める中、旅行先を海外から国内にシフトする動きもある。ASEANは中国人観光客の購買力の恩恵を受けにくくなっている。

ベトナムの「迂回輸出」

 ただ、中国の変化はASEAN加盟国の一部にプラスの影響も及ぼした。米中摩擦が激化したことで、欧米企業は中国に生産拠点を置くことのリスクを低減する「デリスキング」を目的として、サプライチェーン(供給網)の見直しを急いできた。地理的に中国と近く、政治が比較的安定しているASEANは中国に代わる生産拠点に選ばれやすい。いわば「漁夫の利」を受けると期待が高まっているのだ。

 中国企業も近年、国内の人件費などのコスト増に対応するため、ASEANに生産拠点の一部を移してきた。欧米との関係に不透明感が高まる中、ASEANシフトを一段と強める動きもある。

対米輸出が急増するベトナム北部ハイフォンの港 Bloomberg
対米輸出が急増するベトナム北部ハイフォンの港 Bloomberg

 ASEANシフトの恩恵を最も受けたのは中国に隣接するベトナムだろう。米国向け輸出や対内直接投資の受け入れが拡大してきた。ただし、その実態は中国から1次加工品を輸入し、ベトナムで2次加工して対米輸出するという事実上の「迂回(うかい)輸出」の活発化だった。事実、米国のベトナムからの貿易赤字が拡大したことを受け、トランプ前政権は18年にベトナムの鉄鋼製品やアルミ製品に輸入関税を課したほか、中国産原料を使用してベトナムで2次加工が施された耐食鋼と冷延鋼板を対象にアンチダンピング税や補助金相殺税を適用した。米国がベトナムを為替操作国に認定して制裁関税を発動する事態は免れたものの、米商務省はその後もASEANを経由した中国による迂回輸出を警戒する動きを見せる。激化する米中摩擦がASEANに思わぬ形で飛び火した。

 今年11月の米大統領選に出馬するバイデン大統領もトランプ前大統領も対中強硬姿勢を隠さない。米企業が「フレンドショアリング」(友好国や同盟国へのサプライチェーンの再構築)や「ニアショアリング」(近隣国へのサプライチェーンの再構築)を図る中、中国企業はそれらの国々に投資を活発化している。米政府が中国企業の迂回輸出策に目を光らせていることから、ASEANが中国から直接投資を受け入れるハードルが高まる可能性も考えられる。

 ASEANは主に製造業の直接投資を受け入れ、幅広い製造基盤を構築してきた。それが製造業の競争力を高める一助になってきたといえる。しかし、中国企業がASEANに建てた工場は、中国から輸入した部品を組み立てることに特化したものが多い。結果としてASEANの産業空洞化が加速すると危惧する見方もある。実際に製造業の基盤が失われれば、雇用の創出源としての製造業の存在感や内需の厚みが低下しかねない。

「人口ボーナス」期過ぎる

 ところで、ASEANをはじめとするアジア新興国の人口構成は若いという印象を持つ人が少なくないだろう。たしかに、域内で人口が最多のインドネシア(約2.7億人)や2位のフィリピン(約1.1億人)は若年層の比率が高く、中長期的に人口増が見込める(図)。

 しかし、シンガポール、タイ、ベトナムは生産年齢人口の増加が経済成長を促すと期待される「人口ボーナス」の時期が過ぎ、今後は人口構成の変化が潜在成長率の低下を招くと予想されている。さらに、新興国においても都市化部を中心として少子高齢化が進んでいる。コロナ禍を経てそうした動きに拍車がかかった国もある。

 世界銀行のデータによれば、マレーシアの1人当たりの国内総生産(GDP)は11年に1万ドルを超えた後、22年は1万1933ドルにとどまった。価格競争力の低下が経済成長の足かせとなる「中所得国のわな」に陥っていると見られる。他のASEAN加盟国は相対的な価格競争力の高さが経済成長を促す余地は残る。しかし、中国企業の投資を受け入れた結果として製造業の基盤が失われ、若年層の雇用創出機会が低下すれば経済成長に悪影響が出るとも考えられる。

 ASEANをはじめとするアジア新興国は世界経済の成長センターと呼ばれて久しい。しかし、世界経済が大きく変化する中、単純な図式を当てはめることが難しくなりつつあることに留意する必要があるだろう。

(西濱徹〈にしはま・とおる〉第一生命経済研究所主席エコノミスト)


週刊エコノミスト2024年7月9日号掲載

インド・東南アジア ASEAN経済 高まる中国経済との連動性 米中対立で「漁夫の利」喪失も=西濱徹

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