インドやタイの中間層を狙え 製造業からサービス・小売りへシフト 谷道健太/和田肇・編集部
タイの日本食店は10年で3倍超に増え、インドには日本のカレーチェーンや文房具メーカーが進出。日本の未来を支える重要市場となっている。
「実質賃金やGDP(国内総生産)の成長は横ばいにとどまり、新興国に追いつかれ、海外と比べて『豊かではない』状況に陥る可能性が高い」
経済産業省の産業構造審議会の部会が6月7日に公表した報告書が描いた2040年ごろの日本の姿だ。「失われた30年」と同じ考え方・やり方で政府が経済を運営し、企業が経営した場合の“最悪シナリオ”として示した。
報告書が想定する40年ごろのインドは市場規模で米中を猛追する。東南アジアには域外諸国が米中の地政学的対立を回避するための投資が集まり、「中所得国のわな」を乗り越えて繁栄するという見通しだ。報告書はさらに、インドや東南アジアなどグローバルサウスに「メガシティー」がいくつも生まれて中間層・富裕層が急増することが「日本に外需をとらえるチャンス」をもたらし、「日本の高付加価値な製品・サービスに輸出機会が到来する」と記す。
タイに日本食店6000店
日本はこれまで政府開発援助(ODA)の一環としてインド・デリー、インドネシア・ジャカルタ、フィリピン・マニラなどのメガシティーで高架鉄道や地下鉄の整備を支援してきた。報告書のこの部分に注目するのは、日本貿易振興機構(JETRO)の駐在員などとしてタイ・バンコクに通算10年勤めた国士舘大学の助川成也教授(国際経済)だ。
「都市鉄道の整備が進むことで都市がますます巨大化し、消費市場が拡大している。ただ、新興国市場では今、中国製品が急速に入っている。中国製品はかつて『安かろう悪かろう』というイメージだったが、例えば、自動車はデザインが非常に良くなり、オーソドックスなデザインの日本車より目を引くようになっている。最近はトヨタ自動車などの認証不正がアジアにも伝わり、日本製品の品質神話を確実に傷つけた。信頼感の回復が重要だ」
タイの自動車市場に中国メーカーの電気自動車(EV)が食い込んで日本車のシェアが初めて8割を下回り、インドネシアやラオスでは中国が高速鉄道プロジェクトを受注し、既に開通している。
助川教授はタイに進出する日本企業は最近、非製造業が増え、特に外食業が目立つことから中小企業にもチャンスがあると指摘する。JETROの23年調査によれば、タイにある日本食レストラン(日本人経営とは限らない)は13年から3.2倍の5751店に増えた。「日本を旅行したタイ人が増え、日本食など日本のサービスをタイにいながらにして受けたいという需要が非常に多いことの表れだろう」(助川教授)
人口が14億人のインドでも、自動車などの製造業大手だけでなく、小売りやサービス業などの日本企業が進出を加速している。
「ココイチ」は日本食
「カレーハウスCoCo壱番屋」で知られる壱番屋は20年、三井物産と合弁で首都ニューデリーに隣接するハリヤナ州グルグラムに1号店をオープン。22年に2号店、23年に3号店を出店した。いうまでもなく日本のカレーライスの源流はインド料理だ。両者は食材や味、作り方がかなり異なる料理であり、壱番屋は「ジャパニーズカレー、つまり日本食の一種としてのカレーを展開する」(広報室)。インドでは外国料理を扱う飲食店は一般的ではなく、庶民の間で日本食が知られているとはいい難い。ただし、日本ブランドの評価は高い。そこで、「現地の味に合わせるのではなく、日本の店と同じ味にして、まずは日本のカレー、日本食として楽しんでもらう」(同)ことに力を入れているという。
米飯以外に、小麦粉を水で溶いて味を加えて薄焼きにしたパラタが付く食事を用意し、肉料理を作る厨房(ちゅうぼう)と菜食の厨房を完全に分けるといった現地の風習に合わせているという。同社によると「当初は駐在員などの日本人が客の7割を占めたが、今は7割が現地の人たち」。
長野市に本社がある柄木田製粉は7月、インド企業を通じて信州そばの乾麺を売り始める。日本のそばにはパスタや中華麺とは違う食感と風味があると知ったインド企業が、サラダ用の食材として現地で販売したいと打診した。柄木田製粉も乾麺の輸出を模索していたことから話がまとまった。
国際糖尿病連合(IDF)の21年報告書によれば、インドの20~79歳人口に占める糖尿病患者の比率は9.6%に上り、世界5位だった。近年は健康志向が高まっているという。同社の柄木田豊社長は「そばをヘルシーな食材と捉え、サラダの具材として着目したようだ」と語る。ゆでて冷やした信州そばを他の野菜と盛り付け、塩味のあるドレッシングやスパイスをかけて食べることを想定しているという。
コクヨが14万店の販路
コクヨは11年、インド文房具大手カムリンの発行済み株式の過半数を取得し、同国市場に本格的に参入した。社名変更したコクヨカムリンは現在、直営工場3カ所を運営し、「キャンパス」ブランドのノートなどを市場投入した。
国連人口推計(22年)によれば、インドの人口に占める生産年齢人口(15~64歳)の比率は68%と高かった(日本は58%)。生産年齢人口の増加が続く「人口ボーナス期」は30年代半ばまで続くという。
コクヨカムリンの糸口貴シニア・コーポレート・オフィサーによると、約800万店に上るインドの文房具店や日用雑貨店のうち、約14万店を販路として確保した。インターネットやショッピングモールでの文房具購入の慣習はまだ少ないが、変化し始めているという。主な購買層の若年層に直接訴えるテレビコマーシャルを5月に始めた。
3月2日付のインド経済紙『エコノミック・タイムズ』(電子版)によると、インドの1人当たり可処分所得は23年度、21万4000ルピー(約41万円)。日本の235万円の2割に満たない。さまざまな機能やキャラクターのデザインを付けた文房具の市場規模は「日本のように大きくはない」(糸口氏)。
ただし、大都市の富裕層は子どもにかける教育費が増える傾向があり、コクヨカムリンは商機と捉えている。
10年ほど前まではもっぱら日本人がインドや東南アジアの名所を巡って豪遊していた。今は日本の小売業、外食業、宿泊業はそれらの国から来た観光客の消費に依存する。日本の製造業に続いてサービス業も、インドや東南アジアに進出してビジネスを拡大する時代になったのだ。
(谷道健太〈たにみち・けんた〉編集部)
(和田肇〈わだ・はじめ〉編集部)
週刊エコノミスト2024年7月9日号掲載
インド・東南アジア インドで7月から信州そば 日本食や外食業にチャンス=谷道健太/和田肇