バブル期の詐欺などで懲役15年 2年前に出所した本人の生々しい手記 評者・黒木亮
『リーマンの牢獄』
著者 齋藤栄功(文筆業) 監修 阿部重夫
講談社 2200円
本書の著者と同じく、評者もバブル期の金融界に身を置いた。当時は異様に忙しく、きらびやかな東京・六本木の夜と、疲労困憊(こんぱい)で深夜に帰宅し、汗まみれのまま布団に倒れ込み、朝まで泥のように眠っていた日々が記憶に焼き付いている。
著者は、勤務していた山一証券が破綻した後、メリルリンチ日本証券などを経て、株式会社アスクレピオスという医療分野専門のブティック型投資銀行を設立し、リーマン・ブラザーズから371億円を詐取するなどして、懲役15年の実刑に服した後、一昨年出所した人物だ。
告白録である本書は、その生々しさに圧倒される。1990年代初頭、著者は6億8000万円の休眠口座の客の正体が大物政治家・三塚博氏であることを半年間かけて割り出す。緊張して千代田区平河町の事務所で秘書に会い、ラッキーセブンの7億円で積極的な運用をスタートしてはどうかと提案すると、「それは素晴らしい」とその場で2000万円の札束入りの紙袋をぽんと渡される。著者はその金を山一証券株につぎ込み、7億円全額をすってしまい、秘書に報告すると、「いや〜、本当に残念です、ご苦労さまでした」で済んでしまったという。要は、表沙汰にできない金だったということだ。
著者の金銭感覚が狂ったのは、山一破綻の2年後から3年半勤務したメリルリンチ時代だという。基本給は1500万円だったが、仕組み債販売で成功し、毎年ボーナスが8500万円付いたので、目黒区の一戸建てを買ったり、女遊びをしたり、高級ドイツ車を買ったりし始める。
やがてアスクレピオス社を設立、丸紅の嘱託社員が偽造した同社の支払保証書をよりどころに巨額の資金を集め、介護サービス・臨床検査会社、蓄熱発電開発事業、老人ホーム、六本木の焼き肉店など、脈絡のない投資で大半を焦げ付かせる。顧客から資金が入るたび数億円単位の着服を行い、現金をスーツケースいっぱいに詰めて運ぶあたりはタガが外れた人間の怖さを感じさせる。
本書で痛感させられるのが、目先の利益に惑わされず、本件でいえば丸紅本体に内容証明付き郵便で保証書の真贋(しんがん)を確認するなど、労を惜しまず、リスクを見極めることの大切さだ。それができたのが、監査人を辞退した多くの監査法人で、できなかったのが、だまされたリーマン・ブラザーズなど投資家だった。
独特なインタビュー形式で書かれた本書は、戦慄(せんりつ)すら覚える金融犯罪の現場とリスク管理上の貴重な教訓を伝える、興味深い一冊である。
(黒木亮・作家)
さいとう・しげのり 1962年生まれ。中央大学法学部卒業後、山一証券入社。同社自主廃業後は医療経営コンサルタント会社・アスクレピオスを創業、2008年に詐欺とインサイダー取引容疑で逮捕、懲役15年の実刑判決で刑に服した。
週刊エコノミスト2024年8月6日号掲載
『リーマンの牢獄』 評者・黒木亮