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教養・歴史 書評

同居する「快活さ」と「弱さ」の魅力 その根源的思索と人生を追う 評者・将基面貴巳

『シモーヌ・ヴェイユ 「歓び」の思想』

著者 鈴木順子(中部大学教授) 藤原書店 3960円

 すずき・じゅんこ
 1965年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程満期退学。フランス・ポワティエ大学DEA取得。著書に『シモーヌ・ヴェイユ 「犠牲」の思想』がある。

 20世紀を代表する女性哲学者といえば、アーレントやボーヴォワールを連想することはあっても、シモーヌ・ヴェイユを思い浮かべる人はさほど多くはないだろう。このユダヤ系フランス人の思想家は、わずか34歳でロンドンの地に客死するまで、高校教師や工場労働者として働くかたわら、人知れず哲学的論考を多数書き残した。その著作は死後公刊され反響を呼び、現代フランス思想において独特の光を放つ存在であり続けている。

 著者にとって本書はヴェイユ思想に関する2冊目の作品である。第1作はヴェイユの「犠牲」論に焦点を合わせ、彼女の思想が他者を生かすための自己犠牲に貫かれていることを鋭く論じた。この前作はヴェイユ思想の悲劇的側面を浮き彫りにした点で音楽に例えれば短調である。

 今回の続編は、ヴェイユが「犠牲」に劣らず頻繁に論じた「歓(よろこ)び」に注目している点で、音楽でいえば長調に似た快活さをヴェイユ思想に見いだしている。それとともに、前作がヴェイユの意志の強さを強調したのとは対照的に、本作は一人の人間としてのヴェイユの弱さに注目している。人は自分の「弱さ」を身近な人々との触れ合いの中であからさまにするものであろうがヴェイユも例外ではなかった。学問や教育といった文化的活動だけでなく恋愛や食などの日常的な営みをめぐって、ヴェイユが家族や友人、師や学生たちを相手に語り書き記した内容をもとに、一人の人格を多彩な逸話を交えて論じた本書は、思想的伝記のようで実に親しみやすい。

 だが、80年も前に死去した思想家を現代に論じることにどれほどの意義があろうかといぶかる向きもあろう。過去の思想はあくまでもその時代背景の中に位置づけて歴史的に解釈されなければならない。しかし、その思想を今、われわれが論じるのは、時を超えて、教育や異文化間対話など現代の諸問題と密接に関わる思考がそこに存在するからである。だが、それだけではない。名声や富とは無縁なまま夭折(ようせつ)したこの思想家に、人生を生き死ぬことについての根源的思索を著者は見いだしている。自分の両親の他には誰一人読んでくれそうにない文章をつづっていると手紙に記しながらも、ヴェイユはなお自らの「しごと」、すなわち自分が果たすべき義務(ダルマ)と死の直前まで日々向き合い続けた。真摯(しんし)に自分の人生を生きるとはどういうことかについての考察で結ぶ本書を閉じるとき深い感慨に浸るのは評者だけではあるまい。

(将基面貴巳、ニュージーランド・オタゴ大学教授)


週刊エコノミスト2024年8月27日・9月3日合併号掲載

『シモーヌ・ヴェイユ 「歓び」の思想』 評者・将基面貴巳

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