教養・歴史 アートな時間

軽快なのにコクがある“リンクレーター・タッチ”が実現させた例外的果実 芝山幹郎

©2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
©2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

映画 ヒットマン

 こんな映画が、もっと頻繁に見られたらいい。もっと劇場にかかり、観客が気楽に感想を述べ合えればいい。

「ヒットマン」を見たとき、私は反射的に思った。ただ、いま述べた事態の実現は困難だ。そのことにもすぐに気づいた。

 この映画は、名匠リチャード・リンクレイターと、脂が乗り切った主演俳優グレン・パウエルの協働がもたらした、例外的な果実だ。一見、「普通の映画」と思わせるが、仕込みや工夫は尋常ではない。コクのある味わいや余韻の長さも、近ごろでは群を抜いている。

 主人公は、ニューオーリンズの大学で心理学と哲学を教えているゲイリー(グレン・パウエル)だ。彼の副業は地元警察の捜査官で、盗撮や盗聴の技術スタッフとして働いている。

 そんなゲイリーが、ひょんなことからおとり捜査を命じられる。ニセの殺し屋に扮(ふん)し、依頼人を罠(わな)に誘い込むのだ。

 無茶な設定と聞こえるが、ベースは実話だ。モデルになった人物は2022年に他界しているが、その生活を紹介した記事が雑誌に掲載された。映画は、それに基づいている。

 ゲイリーは、プロの殺し屋に変装し、依頼人に変名を告げる。手口を提案し、死体処理の方法をも示唆する。すっかり信用して金を払った依頼人は、その場で逮捕されてしまう。

 味をしめたというべきか、変身の楽しみに眼覚めたというべきか、ゲイリーは変装を重ねて新たな手口を提示し、つぎつぎと依頼人を検挙していく。このあたりの快調なテンポは、かつて名優アレック・ギネスが「ひとり8役」を演じ分けた傑作コメディ「カインド・ハート」(1949年)を彷彿(ほうふつ)させる。

 もちろん、映画はこのままでは終わ…

残り530文字(全文1230文字)

週刊エコノミスト

週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。

・会員限定の有料記事が読み放題
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める

通常価格 月額2,040円(税込)

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

9月24日・10月1日合併号

NISAの見直し術14 長期・分散・積み立てが原則 「金融リテラシー」を高めよう■荒木涼子16 強気 「植田ショック」から始まる大相場 日経平均は年末4万5000円へ■武者陵司18 大恐慌も 世界経済はバブルの最終局面へ  実体経済”に投資せよ■澤上篤人20 中長期目線 「金利ある世界」で潮目変化  [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事