軽快なのにコクがある“リンクレーター・タッチ”が実現させた例外的果実 芝山幹郎
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映画 ヒットマン
こんな映画が、もっと頻繁に見られたらいい。もっと劇場にかかり、観客が気楽に感想を述べ合えればいい。
「ヒットマン」を見たとき、私は反射的に思った。ただ、いま述べた事態の実現は困難だ。そのことにもすぐに気づいた。
この映画は、名匠リチャード・リンクレイターと、脂が乗り切った主演俳優グレン・パウエルの協働がもたらした、例外的な果実だ。一見、「普通の映画」と思わせるが、仕込みや工夫は尋常ではない。コクのある味わいや余韻の長さも、近ごろでは群を抜いている。
主人公は、ニューオーリンズの大学で心理学と哲学を教えているゲイリー(グレン・パウエル)だ。彼の副業は地元警察の捜査官で、盗撮や盗聴の技術スタッフとして働いている。
そんなゲイリーが、ひょんなことからおとり捜査を命じられる。ニセの殺し屋に扮(ふん)し、依頼人を罠(わな)に誘い込むのだ。
無茶な設定と聞こえるが、ベースは実話だ。モデルになった人物は2022年に他界しているが、その生活を紹介した記事が雑誌に掲載された。映画は、それに基づいている。
ゲイリーは、プロの殺し屋に変装し、依頼人に変名を告げる。手口を提案し、死体処理の方法をも示唆する。すっかり信用して金を払った依頼人は、その場で逮捕されてしまう。
味をしめたというべきか、変身の楽しみに眼覚めたというべきか、ゲイリーは変装を重ねて新たな手口を提示し、つぎつぎと依頼人を検挙していく。このあたりの快調なテンポは、かつて名優アレック・ギネスが「ひとり8役」を演じ分けた傑作コメディ「カインド・ハート」(1949年)を彷彿(ほうふつ)させる。
もちろん、映画はこのままでは終わ…
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週刊エコノミスト
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